オバマのグアンタナモ収容所閉鎖の決断などもやや足踏み状態にみえるこの頃─
オバマ大統領の特別なお気に入りとなり、彼のオフィスにも呼ばれた?という保守派 liberalのD.Brooksが提灯記事を書いた‥
ブッシュに負けたチェイニー By DAVID BROOKS
この木曜日に、オバマ大統領とディック・チェイニーが共謀して神話のような話を宣伝していた。その神話とは、我々は過去8年のあいだ、'Bush-Cheney'流の反テロリズム政策の中で生きてきたが、今や我々は、それとは異なった'Obama-Biden'流と呼ばれる反テロリズム政策の時代にはいったとか、いうものだ。オバマもチェイニーも理解している通り、これは完全にいんちきな歴史の歪曲だ。
真実は、といえば、9月11日以降、我々は2年から3年にわたって'Bush-Cheney'のポリシーとも呼べる時代にあったのだ。米国は、見えない死角からの攻撃を受けていた。諜報機関の関係者たちは、彼らに向けられた脅威についてほとんだど何の理解もなかった。ブッシュ政権はそのために、およそ可能な限りの全ての手段を講じ、脅威を発見してそれを予防しようとしたのだ。ブッシュの仲間たちは、自分たちが法の定める範囲で行動している、と信じていたが、今では我々の多くが、彼らに道義的にも問題があり、非生産的な事ばかりやっていた、と気づいている。
'Bush-Cheney'のポリシーの時代はおそらく3年間続いた。ディック・チェイニーにとってそれは黄金時代だったのかもしれない。民主党員にとっては、それは確かに、共和党のやることの周りを永遠にうろつきまわっている時代だった。しかしそれはもう、ずい分前に終わったのだ。
2005年頃までに、'Bush-Rice-Hadley' 時代というべき時代が始まった。徐々に、その時代は開始されそして定着し、ブッシュ政権の何人かの高官たち─ …コンドリーサ・ライス、スティーブン・ハドレイ、ジャック・ゴールドスミス、そしてジョン・ベリンジャーを含んでいた─が'Bush-Cheney'時代の過剰(行き過ぎ)を乗りこえようとした。彼らは全ての戦いには勝てなかったし、法廷による裁定や、公衆の怒りにも突っつかれていたが、徐々にポリシー上における進化をしてきたのは明らかだった。
2003年以降、ベリンジャーとゴールドスミスのような者たちは、過剰な尋問手法を許した法的な決断に反対を挑んで戦った。2006年には、ライスとハドレイがKhalid Shaikh Mohammedを外国の秘密刑務所から連れ帰り、拘留者への扱いを平等化(標準化)すべく、試みた。2007年にはライスは、そのような尋問手法の再開への執行命令の支持を拒んだ。ブッシュ政権の2期目の全ての時期にわたり、政権の高官たちはグアンタナモ収容所の閉鎖の実現を試み、これと並行して諸外国の政府に対し収容者の受入れを求める訴えを発信しながら、上院議員たちに、収容者の米国領土内への移送の許可を求めた。(しかし、GITMO収容所の閉鎖が先決問題であり、その次に収容者をどうすべきかを考えるべきだ、とされた為に、それは実現しなかった。)
チェイニーとオバマは自分らがそうした方向性にはない振りをしていた、しかし「水責め(ウォーターボーディング)」の実行を止めさせたのはオバマ政権ではない。それは、2003年の3月にCIAディレクター達が開始したことの継承だったが、2004年にCIAの調査官による破壊的なレポートが作られた時よりも前だった。
チェイニーが、国土安全問題への(政府の)ポリシーの変更を非難したとき、彼は、オバマ政権を攻撃していたのではなかった。かれはブッシュ政権を攻撃していたのだ。木曜日のスピーチのなかで、彼は公衆を前に、ブッシュ時代のホワイトハウスで彼が何度も行っていたのと同じ議論の多くを繰り返していた…今や、ホワイトハウスの意思決定が益々それとは異なるものになっていた中で。
バラック・オバマの就任は、米国の反テロ戦略に大きな変化をもたらしてはいない。それはそのポリシーに対する公衆の信頼性に変化をもたらしただけだ。
まず最初に、この政権が、テロリズムを真面目に捉えていないという言い方はばかげている。オバマは、ブッシュ政権が末期に醸成していた戦略と同じく、アフガンへの米軍の増派を支持したのだ。彼はパキスタンでの無人偵察機の作戦をステップアップした。彼は反乱勢力と対決するために攻撃的な兵士達を推進し、国内での対テロ作戦では実績をあげた。
テロリスト容疑者の問題に対しては、ジャック・ゴールドスミスが、The New Republic誌のWEB版に“The Cheney Fallacy” (チェイニーの誤信)という記事を書いた。彼は広範な戦略のリストを作った─ グアンタナモ、身柄提出令状、軍事委員会、容疑者の移送、尋問、などなど…。彼はその多くのケースで、どのようにオバマ政権が、ブッシュ政権の末期に徐々に進化してきた戦略を受け継いで、それをプレゼンテーションしているかを示した。
オバマが持っていたもの、そしてブッシュ大統領が決して持っていなかったものとは、他の人々の意見を問題にする、ということだ。ゴールドスミスはその点を上手く記している:「オバマ政権とブッシュ政権の主要な違いとは、テロリズムに対するポリシーには関係がなかったが、むしろそれを如何にパッケージング(包括)するかということだった。ブッシュ政権は自らの足元を幾度も幾度も、撃ち続け、彼らの政策の合法性や有効性が損傷を受ける状態を招いた。オバマ政権はこれとは対照的に、そうしたこと(他者の意見)に集中的に焦点を当てた。
オバマはブッシュが最後に採用していたのと同じ多くの政策を採用している、そして彼はそうした戦略が米国と世界にとって信頼するに足るものに変えた。彼のスピーチの中で、オバマは彼自身の決断を、繊細さと一貫性とをもって説明している。彼は我々の抱える幾つかの問題は困難であり、そこには容易な解決法はないとしている。彼は米国人を大人として扱い、そして、彼らの尊敬を得たのだ。
私はオバマが、彼自身が利益を享受する戦略を創ったブッシュ政権の高官たちに対して、より丁重に、誠意を抱いて接して欲しいと願うだろうか?イエスだ。しかし肝心なことは、オバマは多くの、より穏健で、時がたつにつれてそれが検証されうる妥協的なポリシーを講じてきたのだといえる。彼はそれらを知性をもって保存(維持)し、改革した。彼はそれらを、説得性のある枠組のなかに収めた。そうすることによって、彼は、我々の安全さを以前より低いものにはしない。彼はそれにより、我々をより安全にしているのだ。
http://www.nytimes.com/2009/05/22/opinion/22brooks.html?pagewanted=print
video)Cheney's Rebuttal to Obama
http://video.nytimes.com/video/2009/05/21/us/politics/1194840413908/cheney-s-rebuttal-to-obama.html
video)Obama sets'New directions'on terror
http://video.nytimes.com/video/2009/05/21/us/politics/1194840413735/obama-sets-new-direction-on-terror.html
Monday, May 25, 2009
Sunday, May 10, 2009
イラクを不安にするバース党の残党…/Iraq Resists Pleas by U.S. to Placate Hussein’s Party - By Sam Dagher

昨今、イラクで再燃するテロの原因とは何なのか?
イラクは米国が懇願するバース党との和解に抵抗する (4/25 NYT)
4月18日に、米・英政府の秘書官ユニットによる戦略交渉団(FSEC)がヨルダンに飛んだ。サダム・フセインの上級将官たち<2003年、バグダッドの最終攻防戦で抵抗を試みた司令官たち>に対して、故郷のイラクに戻り、新生イラク政府と和解するようにとの説得を試みたのだ。しかしイラク人の司令官、ラアド・マジード・アル・ハムダニは、彼らによる要請をすげなく拒絶した。
彼は、米国の仲介による対話が何年も中断していた後に、イラク首相ヌリ・カマル・アル・マリキは単純にこのことに関心をなくしている、との結論を出したのだという。
米国によるこの要請とは───ハムダニ氏は以前には報告されていなかったことがらを説明した…そのことはイラクの状況を安定化させるための最も大きな障害が何か、を物語っている。マリキ氏による彼の政権内の最も熱心な反対者たちとの間の和解への誓いは、昨今激化しつつある宗派主義(セクタリアニズム)や、既に沸騰状態にある政治的緊張にさらに火をつけ、昨今のシーア派に対する爆破テロの多発状態を誘発しているというのだ。
3月28日にマリキ首相のシーア派系政府は、スンニ派のある著名リーダーを、フセイン政権時にバース党の秘密武装部隊を率いていたとの容疑で逮捕した。1週間後に同首相は、40名以上の死者を出した車爆弾による爆破事件を共謀したとの容疑で、バース主義者を糾弾した。月曜日には彼は再度非難声明を出し、バース党は「頭の先からつま先まで憎悪に満ちている」のだと述べた。
それまでのマリキ氏の行ってきた国の再統合への努力は、ワシントンにとってイラクの政治的進展の具合を推しはかる最初のベンチマークだった。その試みとは、バース党の反対分子のうち──政治的な力を獲得する代わりに、暴力の行使は諦めることを望む者たちと、手に負えないような過激派分子(その多くが熱心な宗教信者の)とを分離することを目指した。
昨年早々にマリキ氏は米国の強い圧力の下で、イラク議会でバース党員の公職復帰への制限を軽減する法案を推していた。しかし、15ヵ月後の今もその法律はいまだ施行されていない。
マリキ氏の譲歩はイラクを再び多極化する危機を招き、厳しい戦闘によって獲得された現在の安定状態を損なう可能性がある。
火曜日と金曜日の爆破事件だけでも160人が亡くなった。これらの事件にバース党員が関わったとの証拠は何もない。しかし彼らとジハード主義者の反乱勢力が、この地域、特に昨年はとても静かだったバグダッドで協力関係を増しつつあるのでは、との恐れがひろがっている。
マリキ氏は、米国がフセイン政権時代の役人達(その多くがスンニ派)との和解を求めている圧力にもかかわらず、彼のトーンを変えた。
「彼は、過去のことに由来した感情や、恨みに完全に支配された政治家や宗教リーダーたちと何の変わりもない」と、ハムダニ氏は、彼がおこなった政府との対話に関する質問書への回答の中で、マリキ氏について語った。
首相が強硬な態度に回帰したことには幾つもの要因があるようだ。
1月の地方選挙におおける、マリキ氏の宗派を超えたリーダーとしての成功にも関わらず、彼の率いるダワ党は彼らの政治力掌握のためにはシーア派のパートナーが必要だと考えている。
そして彼のシーア派のライバル達(その多くがイランとの関わりを持つ)は、彼が最近、スンニ派の少数派の支持をも得てその立場を強めるために、バース党の全面的復権を画策していると非難している。
政治エキスパートは、マリキ氏は12月の国政選挙の前に仲間のシーア派を疎外する余力はないだろうと言う。
6年前に、イラクからのバース党員一掃を先導したシーア派の政治家であるアハメッド・チャラビは、マリキ首相のスンニ派の協力を求める現実的な努力にも関わらず、首相は未だにバース党、そして残忍な前政権と関係のあるすべてのものに対して、腹の底からの憎悪を抱いていると述べる。チャラビ氏がいうには、マリキ氏は米国による「イラクの、イランとの敵対的位置の強化(固定化)を図ることで、その国の統一を推し進め、イラクをアラブ世界の一端へと復帰させる」計画の一部としての、スンニ派の旧サダム防衛隊の部分的な復活計画にも疑念を示しているという。
これらの全てのことは、スンニ派のなかの和解推進論者たちを困惑させ、彼らのなかの強硬論者達を力づけている。ハムダニ司令官は、彼が単に旧サダム軍の将官たちと治安維持部門を代表しただけで、他国に亡命中のバース党幹部達の代理として交渉したことはない、という。(*参照: http://www.pbs.org/wgbh/pages/frontline/shows/invasion/interviews/raad.html )しかし彼はマリキ政府によるいかなる譲歩の動きも、和解への小さな一歩に役立つだろうといっている。
彼はこのことに、2ヶ月近く前にヨルダンのアンマンのシェラトン・ホテルで、米軍の追撃から逃れているフセイン政権の最後の旧高官で、イラクの反乱軍に資金を援助しているとみられるIzzat Ibrahim al-Douriの代理人たちに会った際に気づいたのだという。二人の男はハムダニ氏による旧バース党員たちの職業と財産権の復活/バース党への禁止事項緩和を求める申し立ての努力に賛同することを伝えるため、Douri 氏が彼らを派遣したのだと話した。ハムダニ氏はDouri氏のバース党リーダーシップにおけるライバルMohammed Younis al-Ahmedからの、さらに好意的なフィードバックも受け取ったという。彼は al-Ahmed氏と直接のコンタクトを持っているという。
しかし、政府のバース党主義者への姿勢の硬化は楽観的見方のかすかな光も消し去った。最近では、Douri氏はすべての反乱勢力が米軍とマリキ政府に反旗を翻すようにとのメッセージを流して彼らを喚起している。
ワシントンの見方では、融和の容易なバース党主義者たちとの和解は、Douri氏を信奉しているような過激派勢力を孤立させる可能性があるという。
そして彼らに対する恐れの感情に足枷をかけられたイラク側と(ワシントンでは)、根本的な見解の相違が横たわっているという。
マリキ政府の”和解委員会”の遊撃手でもあるKamal al-Saedi議員は、水曜日に「バース党主義者の考えることは、陰謀や密かな浸透、クーデターのことばかりで、危険だ」と述べた。
バグダッドの米国大使館はこの和解への話し合いへの、米国の関与に対する質問には回答を避けた。
しかし、ハムダニ司令官は、2008年の3月以来、彼とその仲間たち、そしてイラク政府の間でもたれたアンマンとバグダッドにおける殆ど全ての会合には、英米の関係者たちが参加してきたという。
チャラビ氏は2ヶ月前に、米国防委員会のシニア・アドバイザーであるDouglas E. Lute司令官代理がマリキ首相の側近から、バース党員に対する「リーズナブル」な約束を受け取ったという。
マリキ首相の和解問題のアドバイザーであるMohammed Salman al-Saadyは、こうした約束の事はきいていなかったが、マリキ政権がどの程度の和解を認めるかでワシントンとは根本的に見解が異なるのだと述べる。
Saady氏は、ハムダニ司令官と政府の対話は彼の多くの要求が政府と相容れないために停滞しているのだという。
「憲法によれば、バース党と交渉をもつことは超えられない一線だ。」とSaady氏は言う。しかし彼は政府が、旧バース党員の内、過去に犯したかもしれない罪への説明責任を認め、それらのとの繋がりを棄てる者たちに対しては和解交渉に前向きだと力説する。
北部バグダッドに隠れ住む旧バース党員はインタビューのなかで、もし政府が和解に対して真剣になるなら、憲法を改正し、バース党員の公職復帰の再開を試みることだろう──ソビエト崩壊後に共産党員におこなわれたように、という。
「憲法は聖なる書物ではない─それは改正することができるものだ」と彼はいう。
http://www.nytimes.com/2009/04/26/world/middleeast/26baathists.html?hp
...................................................
イラクの昨今の暴力再燃は、4月に米軍によってal-Qaeda in Iraqの"Abu Omar al-Baghdadi" が遂に本当に拘束されたからだとも…このBaghdadiの写真は本物だろう─この写真には真実味が!
http://www.albawaba.com/en/countries/Iraq/245762
Iraq government certain about al Qaeda leader arrest despite denial
Iraq's defense minister on Wednesday stated that the leader of an al-Qaeda-linked group was in custody, dismissing an online statement by the very man denying he was arrested.
According to the AP, Abdul-Qader al-Obedi told parliament deputies that the man captured on April 23 was Abu Omar al-Baghdadi, leader of the Islamic State in Iraq
彼の拘束に続いて多くのテロ事件が起こされ多数が犠牲になり、米英の軍人も漸く彼の拘束の真実性を確信したという
http://www.guardian.co.uk/world/2009/apr/24/iraq-al-qaida-leader-captured-suicide-bombings
Iraq: dozens killed following al-Qaida leader capture
反乱勢力のカリスマ、al-Baghdadiの拘束記事に対してあるアメリカ人がレスポンスを書いた…
- 03:03pm May 16, 2009 GMT
re:"et al.'s legacy"
"LOOK at ya ... Yeah, take a look in the MIRROR... now tell me what you see... Another SATISFIED customer in the front of the LINE for the American dream
I remember when we was both out on the boulevard Talkin' revolution and singin' the blues ... Nowadays it's letters to the editor and cheatin' on our taxes Is the best that we can do Come on
Look AROUND... There's doctors down on Wall Street Sharpenin' their scalpels and tryin' to cut a deal Mean-while, back at the hospital We got accountants playin' GOD and countin' out the pills
Yeah, I know, that sucks ・that your HMO Ain't doin' what you thought it would do... But everybody's gotta die sometime and we can't save everybody ... It's the best that we can do ...WHAT ??
FOUR SCORE and a hundred and fifty years ago Our forefathers made us EQUAL as long as we can PAY ... Yeah, well maybe that wasn't exactly what they was thinkin'... Version six-point-oh of the American way
But hey we can just build a great wall around the country club To keep the RIFF-RAFF out until the slump is through
Yeah, I realize that ain't exactly democratic, but it's either them or us and And it's the best we can do
Yeah, passionely conservative ... It's the best we can do
Conservatively passionate ... It's the best we can do
Meanwhile, still thinkin' Hey, let's wage a war on drugs ... It's the best we can do
Hell, I don't know about you, but I kinda DIG this global warming thing..." (LISTEN) http://www.rhapsody.com/steve-earle/jerusalem "Amerika v. 6.0 (The Best We Can Do)" -Steve Earle
イラクは米国が懇願するバース党との和解に抵抗する (4/25 NYT)
4月18日に、米・英政府の秘書官ユニットによる戦略交渉団(FSEC)がヨルダンに飛んだ。サダム・フセインの上級将官たち<2003年、バグダッドの最終攻防戦で抵抗を試みた司令官たち>に対して、故郷のイラクに戻り、新生イラク政府と和解するようにとの説得を試みたのだ。しかしイラク人の司令官、ラアド・マジード・アル・ハムダニは、彼らによる要請をすげなく拒絶した。
彼は、米国の仲介による対話が何年も中断していた後に、イラク首相ヌリ・カマル・アル・マリキは単純にこのことに関心をなくしている、との結論を出したのだという。
米国によるこの要請とは───ハムダニ氏は以前には報告されていなかったことがらを説明した…そのことはイラクの状況を安定化させるための最も大きな障害が何か、を物語っている。マリキ氏による彼の政権内の最も熱心な反対者たちとの間の和解への誓いは、昨今激化しつつある宗派主義(セクタリアニズム)や、既に沸騰状態にある政治的緊張にさらに火をつけ、昨今のシーア派に対する爆破テロの多発状態を誘発しているというのだ。
3月28日にマリキ首相のシーア派系政府は、スンニ派のある著名リーダーを、フセイン政権時にバース党の秘密武装部隊を率いていたとの容疑で逮捕した。1週間後に同首相は、40名以上の死者を出した車爆弾による爆破事件を共謀したとの容疑で、バース主義者を糾弾した。月曜日には彼は再度非難声明を出し、バース党は「頭の先からつま先まで憎悪に満ちている」のだと述べた。
それまでのマリキ氏の行ってきた国の再統合への努力は、ワシントンにとってイラクの政治的進展の具合を推しはかる最初のベンチマークだった。その試みとは、バース党の反対分子のうち──政治的な力を獲得する代わりに、暴力の行使は諦めることを望む者たちと、手に負えないような過激派分子(その多くが熱心な宗教信者の)とを分離することを目指した。
昨年早々にマリキ氏は米国の強い圧力の下で、イラク議会でバース党員の公職復帰への制限を軽減する法案を推していた。しかし、15ヵ月後の今もその法律はいまだ施行されていない。
マリキ氏の譲歩はイラクを再び多極化する危機を招き、厳しい戦闘によって獲得された現在の安定状態を損なう可能性がある。
火曜日と金曜日の爆破事件だけでも160人が亡くなった。これらの事件にバース党員が関わったとの証拠は何もない。しかし彼らとジハード主義者の反乱勢力が、この地域、特に昨年はとても静かだったバグダッドで協力関係を増しつつあるのでは、との恐れがひろがっている。
マリキ氏は、米国がフセイン政権時代の役人達(その多くがスンニ派)との和解を求めている圧力にもかかわらず、彼のトーンを変えた。
「彼は、過去のことに由来した感情や、恨みに完全に支配された政治家や宗教リーダーたちと何の変わりもない」と、ハムダニ氏は、彼がおこなった政府との対話に関する質問書への回答の中で、マリキ氏について語った。
首相が強硬な態度に回帰したことには幾つもの要因があるようだ。
1月の地方選挙におおける、マリキ氏の宗派を超えたリーダーとしての成功にも関わらず、彼の率いるダワ党は彼らの政治力掌握のためにはシーア派のパートナーが必要だと考えている。
そして彼のシーア派のライバル達(その多くがイランとの関わりを持つ)は、彼が最近、スンニ派の少数派の支持をも得てその立場を強めるために、バース党の全面的復権を画策していると非難している。
政治エキスパートは、マリキ氏は12月の国政選挙の前に仲間のシーア派を疎外する余力はないだろうと言う。
6年前に、イラクからのバース党員一掃を先導したシーア派の政治家であるアハメッド・チャラビは、マリキ首相のスンニ派の協力を求める現実的な努力にも関わらず、首相は未だにバース党、そして残忍な前政権と関係のあるすべてのものに対して、腹の底からの憎悪を抱いていると述べる。チャラビ氏がいうには、マリキ氏は米国による「イラクの、イランとの敵対的位置の強化(固定化)を図ることで、その国の統一を推し進め、イラクをアラブ世界の一端へと復帰させる」計画の一部としての、スンニ派の旧サダム防衛隊の部分的な復活計画にも疑念を示しているという。
これらの全てのことは、スンニ派のなかの和解推進論者たちを困惑させ、彼らのなかの強硬論者達を力づけている。ハムダニ司令官は、彼が単に旧サダム軍の将官たちと治安維持部門を代表しただけで、他国に亡命中のバース党幹部達の代理として交渉したことはない、という。(*参照: http://www.pbs.org/wgbh/pages/frontline/shows/invasion/interviews/raad.html )しかし彼はマリキ政府によるいかなる譲歩の動きも、和解への小さな一歩に役立つだろうといっている。
彼はこのことに、2ヶ月近く前にヨルダンのアンマンのシェラトン・ホテルで、米軍の追撃から逃れているフセイン政権の最後の旧高官で、イラクの反乱軍に資金を援助しているとみられるIzzat Ibrahim al-Douriの代理人たちに会った際に気づいたのだという。二人の男はハムダニ氏による旧バース党員たちの職業と財産権の復活/バース党への禁止事項緩和を求める申し立ての努力に賛同することを伝えるため、Douri 氏が彼らを派遣したのだと話した。ハムダニ氏はDouri氏のバース党リーダーシップにおけるライバルMohammed Younis al-Ahmedからの、さらに好意的なフィードバックも受け取ったという。彼は al-Ahmed氏と直接のコンタクトを持っているという。
しかし、政府のバース党主義者への姿勢の硬化は楽観的見方のかすかな光も消し去った。最近では、Douri氏はすべての反乱勢力が米軍とマリキ政府に反旗を翻すようにとのメッセージを流して彼らを喚起している。
ワシントンの見方では、融和の容易なバース党主義者たちとの和解は、Douri氏を信奉しているような過激派勢力を孤立させる可能性があるという。
そして彼らに対する恐れの感情に足枷をかけられたイラク側と(ワシントンでは)、根本的な見解の相違が横たわっているという。
マリキ政府の”和解委員会”の遊撃手でもあるKamal al-Saedi議員は、水曜日に「バース党主義者の考えることは、陰謀や密かな浸透、クーデターのことばかりで、危険だ」と述べた。
バグダッドの米国大使館はこの和解への話し合いへの、米国の関与に対する質問には回答を避けた。
しかし、ハムダニ司令官は、2008年の3月以来、彼とその仲間たち、そしてイラク政府の間でもたれたアンマンとバグダッドにおける殆ど全ての会合には、英米の関係者たちが参加してきたという。
チャラビ氏は2ヶ月前に、米国防委員会のシニア・アドバイザーであるDouglas E. Lute司令官代理がマリキ首相の側近から、バース党員に対する「リーズナブル」な約束を受け取ったという。
マリキ首相の和解問題のアドバイザーであるMohammed Salman al-Saadyは、こうした約束の事はきいていなかったが、マリキ政権がどの程度の和解を認めるかでワシントンとは根本的に見解が異なるのだと述べる。
Saady氏は、ハムダニ司令官と政府の対話は彼の多くの要求が政府と相容れないために停滞しているのだという。
「憲法によれば、バース党と交渉をもつことは超えられない一線だ。」とSaady氏は言う。しかし彼は政府が、旧バース党員の内、過去に犯したかもしれない罪への説明責任を認め、それらのとの繋がりを棄てる者たちに対しては和解交渉に前向きだと力説する。
北部バグダッドに隠れ住む旧バース党員はインタビューのなかで、もし政府が和解に対して真剣になるなら、憲法を改正し、バース党員の公職復帰の再開を試みることだろう──ソビエト崩壊後に共産党員におこなわれたように、という。
「憲法は聖なる書物ではない─それは改正することができるものだ」と彼はいう。
http://www.nytimes.com/2009/04/26/world/middleeast/26baathists.html?hp
...................................................
イラクの昨今の暴力再燃は、4月に米軍によってal-Qaeda in Iraqの"Abu Omar al-Baghdadi" が遂に本当に拘束されたからだとも…このBaghdadiの写真は本物だろう─この写真には真実味が!
http://www.albawaba.com/en/countries/Iraq/245762
Iraq government certain about al Qaeda leader arrest despite denial
Iraq's defense minister on Wednesday stated that the leader of an al-Qaeda-linked group was in custody, dismissing an online statement by the very man denying he was arrested.
According to the AP, Abdul-Qader al-Obedi told parliament deputies that the man captured on April 23 was Abu Omar al-Baghdadi, leader of the Islamic State in Iraq
彼の拘束に続いて多くのテロ事件が起こされ多数が犠牲になり、米英の軍人も漸く彼の拘束の真実性を確信したという
http://www.guardian.co.uk/world/2009/apr/24/iraq-al-qaida-leader-captured-suicide-bombings
Iraq: dozens killed following al-Qaida leader capture
反乱勢力のカリスマ、al-Baghdadiの拘束記事に対してあるアメリカ人がレスポンスを書いた…
- 03:03pm May 16, 2009 GMT
re:"et al.'s legacy"
"LOOK at ya ... Yeah, take a look in the MIRROR... now tell me what you see... Another SATISFIED customer in the front of the LINE for the American dream
I remember when we was both out on the boulevard Talkin' revolution and singin' the blues ... Nowadays it's letters to the editor and cheatin' on our taxes Is the best that we can do Come on
Look AROUND... There's doctors down on Wall Street Sharpenin' their scalpels and tryin' to cut a deal Mean-while, back at the hospital We got accountants playin' GOD and countin' out the pills
Yeah, I know, that sucks ・that your HMO Ain't doin' what you thought it would do... But everybody's gotta die sometime and we can't save everybody ... It's the best that we can do ...WHAT ??
FOUR SCORE and a hundred and fifty years ago Our forefathers made us EQUAL as long as we can PAY ... Yeah, well maybe that wasn't exactly what they was thinkin'... Version six-point-oh of the American way
But hey we can just build a great wall around the country club To keep the RIFF-RAFF out until the slump is through
Yeah, I realize that ain't exactly democratic, but it's either them or us and And it's the best we can do
Yeah, passionely conservative ... It's the best we can do
Conservatively passionate ... It's the best we can do
Meanwhile, still thinkin' Hey, let's wage a war on drugs ... It's the best we can do
Hell, I don't know about you, but I kinda DIG this global warming thing..." (LISTEN) http://www.rhapsody.com/steve-earle/jerusalem "Amerika v. 6.0 (The Best We Can Do)" -Steve Earle
Sunday, April 5, 2009
タリバンがスワット渓谷掌握?/"Swat? Not! - Handing the Swat Valley to the Taliban was shameful and wrong." By Christopher Hitchens

Swat Vallayのタリバン明渡しは恥ずべき過ちだ (3月9日 By クリストファー・ヒッチンズ)
全くあらたな方法が我々の上にやってくることだろう ─ 反動的イスラム原理主義と対決しつつ、我々が「穏健な過激派」と「ほんとうに過激な過激派」とを分離できるならば。
つい2,3日前にも我々はバラク・オバマ大統領が「よいタリバンと、悪いタリバン」を区別しようとしていると、また英国政府が政党としてのヒズボラと、私兵(武装)部門としてのヒズボラは区別できるとしている、と聞かされた。ファリード・ザカリヤ(インド系ジャーナリスト)はこう述べた─ <こうした武装組織を阻止する最善の方法は、彼らに自分ら自身の方法でやりたいようにやらせることだ。なぜなら、彼らのシャリア法(イスラム法)施行への欲求は、彼らのグローバルなジハード(聖戦)への渇望と等しくはないし、部分的にそんな渇望を消しさることにもなるからだ>。
次のようなことの証拠について疑うのは愚かだ:アフガニスタンのカルザイ政権が長年にわたって「オマール師」の率いる狂信的な者たちと、地方に住む地元のタリバンとを区別してきたかどうか、とかいうことを。
いずれにせよレバノンではヒズボラは政党として選挙に参加し、その選挙の結果を遵守しているし、(また彼らは将来、イランとの対話の窓口になるかもしれない代理組織だ。)
イラクでのアル・カイダ系反乱勢力との対決での最初の成功は、アル・ザルカウィやオサマ・ビン・ラディンに敵対心を抱く他のスンニ派勢力を、賄賂で動かしたことで、もたらされた。来たる将来我々の同盟者になる可能性があるそのようなイスラム武装勢力を仲間と造反させるべく、拷問その他の超法規的な方法を行使することに私が反対した多くの理由のひとつは──それがそうした可能性を破壊しかねないからだ。
しかしこうした妥協策への誘惑には慎重であるべきだ。パキスタンでのタリバンとの和平実現への期待に基づく試みとして、同国政府は最近、肥沃で繁栄した近代的な渓谷の一地方…旧Swat公国を、過激な党と、特定の神を暴力的に信奉する人間たちに譲渡してしまった。ここはワジリスタンのように、この国の政府や典型的な辺境が何十年も貧しげに語られてきたような、人里離れ荒れ果てた部族地域ではない。そこは、首都イスラマバードから通勤圏内の近距離にある。タリバンはこの地で選挙に勝ったこともないし…もちろん最近の選挙の結果はその正反対だ。そして原理主義者がこの地の支配権をにぎり、文化的・経済的な忘却運動(音楽演奏の禁止、女子学校教育の禁止、中央政府発行の令状の非承認…)を開始して以降、Swat渓谷地方からは避難民があふれ出ている。(Jane Perlez と Pir Zubair Shahによる3月5日のNYTの優れた報告記事を参照**)。
これらのレポートによれば、既にぼろぼろに破綻したパキスタンの中央権力によるこの譲渡は、過激派勢力を鎮圧するどころか、彼らにより一層力をつけているという。この譲渡が署名されたとき名目上の交渉相手だったMaulana Sufi Muhammadは、より獰猛で年若い部族とその思想に関係があり、そうしたグループの中にはベナジール・ブットの暗殺や、何百校もの女子学校の焼討ち、パキスタン兵士たちの殺害、タリバン支配に敵対した地方の部族リーダーたちの殺害への関与が疑われる者たちがいる。そうした武装勢力が、いわゆる「停戦協定」が意図する停戦期間を守る充分な意思がある、ということも多くの人が証言している。パキスタン政府は平和を購う代わりに、何ら戦うことなく、その地域をより法外な要求を放つための根拠地にするかもしれない勢力に国家の中心の一部を明け渡したのだ。これはパキスタンの国家統一の崩壊などの来るべき悪夢の延期ですらない。すでにそのような分裂の一段階なのだ。
アフガニスタンとイラクではすでに、多くの強硬派のイスラム教徒が選挙で選ばれた政府の支持にまわり、虚無主義者たちに対抗している。またこうした議論に対して決然と武力を行使できるNATO軍、または連合国軍の勢力も駐留している。これはデビッド・ペトラエウス司令官がかつて頼りにし、今も頼りにしている「"awakening" (覚醒部隊)」のような運動の基盤条件としては、充分ではないが、必要な条件といえる。しかし、もしもそうした条件が整ってないからといって、行政的主権をもち戦略的にも重要な広範囲の土地を敵に引き渡すことが、そのようなプランの一部だったことは一度もないし、もしそれが行われたならば、災難というべきだろう。
ファリード・ザカリヤはNewsweekのエッセイのなかで、我々が最も懸念すべき超国家的なテロリスト・グループのなかにアフガニスタン人は一人もみあたらない、との完璧な観察を述べた(彼は、彼自身が気づいているよりも正しい。つまりお尋ね者のハイジャック犯になる可能性のある人間は、いまやアフガニスタン人よりも英国人である可能性がずっと高い。)しかし、この仮説の説得力は、現実にはそういう(国籍の)区別がつけにくいこれらの人間たちに区別をつけたがる矛盾のためすぐに朽ち果てる。
アフガニスタンの原理主義者たちがかつて権力の座にあったとき敢えて行ったことは、彼らの国をアル・カイダに安全な避難所としてさし出し、彼らに空港でも使えるパスポートなどの発行すら可能な内陸の一地域を提供したことなのだ。
これと比較可能な施設もいまや揃いつつある─そしてそれは、我々のかつての同盟者、パキスタンの文明化された一地区で、国内の物事の中心地にもずっと近い場所なのだ。
そのような国家政策の失敗と致死的な暴力拡大の間には、もうひとつの共生状態がある─ジハード戦士にのっとられた国や地方というものは、長らく維持される以前に、極度の貧困や後進性、残忍さの中に後退しがちな事だ。このルールには例外がない。我々には、獰猛な幻想家の一団が、文盲な民衆をたった一冊の本で支配しようとした国で何が起きたかを、再びデモンストレーションする必要はない。そうした失敗は誰が悪いのか?責任のあるMullahたちが自己批判を開始する事は絶対ありえないと、私には断言できる。その代わりに、すべての悪事は十字軍/シオニストの陰謀として非難され、欠乏性疾患と学習障害に苛まれた若い男達は、彼らのフラストレーションをより幸福な国々にいかに輸出するかを教えこまれる。こうして失敗国家がならず者国家になる。これが我々に、こうしたことが我々自身の社会のなかで起きてほしくないと願う、世の世俗的勢力、女性の権利グループ、選挙民グループとの連帯関係を維持しておくべき義務がある理由だ。
ぜひとも、現地の司令官たちの手によって──グループの分裂各派間の戦略的な合意を形成させ、彼らを互いに対抗させ、「分裂と支配」というルールを実践し、悪しき者たちを最悪の者たちにぶつけて競い合わせよう… ”それが戦争なのだ(C'est la guerre.)”。しかしどんな場合であろうと、独占的な暴力を、全体主義者や神権主義勢力に従属させてはならない。そうしたすべての理由から我々は、Swat Valleyのよき人々をタリバンへの従属と言論抑圧の下に陥れてしまったこの恥ずべき決断を── そして特に最悪なのは、それを何の戦闘もなく行った、ということについて長らく後悔すべきだ。
http://www.slate.com/id/2213246/
(**NYTの記事)
Truce in Pakistan May Mean Leeway for Taliban
http://www.nytimes.com/2009/03/06/world/asia/06swat.html?scp=1&sq=Jane%20Perlez%20%20Swat%20Valley&st=cse
Sunday, March 29, 2009
パキスタンのタリバンの動静/”Pakistan and Afghan Taliban Close Ranks” By Carlotta Gall
米国の今後の兵力増強に際し、パキスタンとアフガニスタンのタリバンが歩み寄り(要旨)
http://www.nytimes.com/2009/03/27/world/asia/27taliban.html?_r=1&hp
米国がパキスタンで1万7千の兵力を増強しようという今、パキスタンのタリバン勢力とアフガンのタリバン勢力が両者の相違を超えて歩み寄ったもようだ。数名のタリバンへのインタビューによれば、彼らはすでに米軍を迎えるべく、道路沿いの爆弾と自爆テロをステップアップする準備をしている。
この再結束は隠遁するタリバンの指導者オマール師がパキスタンに使者を送ったことでなされた…
パキスタンのタリバンはアフガニスタンのタリバンの子供のようなもので、アフガニスタンのタリバン(アフガンでの戦いのベテラン)が国境地帯から送る指示によって率いられている…
…同時に米国政府関係者が語ったところでは、パキスタンの軍事諜報部はいまだにアフガンのタリバン勢力に資金と物資を援助しており、─米国がアフガンを離れた際にそこに友好的な政府がつくられるよう工作をしている…
…パキスタンのタリバンは3人の有力な司令官に率いられる─ Baitullah Mehsud, Hafiz Gul Bahadur とMaulavi Nazir 、彼らはパキスタンの国境地帯の部族エリアの中心地・ワジリスタンの北部と南部に拠点をもち、彼ら自身の間でしばしば衝突も繰り返している。
オマール師は12月末と1月の初めに、6人の使者をパキスタンに送った、と南ワジリスタンに程近いDera Ismail Khan地域のタリバンは語った…
…ワジリスタン地方の最大の有力者、ハカニ氏と彼の父親のジャラルッディン・ハカニ は、アル・カイダとパキスタン諜報部の両者に密接な繋がりを持っている、と米国関係者は言う。彼らは北ワジリスタンの拠点から東アフガニスタンのタリバン勢力に指示を送り、アフガニスタンの首都カブールにおける、ますます複雑化している攻撃作戦に関する指示も送っている。
タリバン政権時代に前線司令官だった ザキール師(Mullahザキール)は2001年に北部アフガニスタンで米軍に拘束され2007年に開放されるまでグアンタナモ基地に拘留されていた、と電話取材先のアフガンのタリバンメンバーは語った。
http://www.nytimes.com/2009/03/27/world/asia/27taliban.html?_r=1&hp
米国がパキスタンで1万7千の兵力を増強しようという今、パキスタンのタリバン勢力とアフガンのタリバン勢力が両者の相違を超えて歩み寄ったもようだ。数名のタリバンへのインタビューによれば、彼らはすでに米軍を迎えるべく、道路沿いの爆弾と自爆テロをステップアップする準備をしている。
この再結束は隠遁するタリバンの指導者オマール師がパキスタンに使者を送ったことでなされた…
パキスタンのタリバンはアフガニスタンのタリバンの子供のようなもので、アフガニスタンのタリバン(アフガンでの戦いのベテラン)が国境地帯から送る指示によって率いられている…
…同時に米国政府関係者が語ったところでは、パキスタンの軍事諜報部はいまだにアフガンのタリバン勢力に資金と物資を援助しており、─米国がアフガンを離れた際にそこに友好的な政府がつくられるよう工作をしている…
…パキスタンのタリバンは3人の有力な司令官に率いられる─ Baitullah Mehsud, Hafiz Gul Bahadur とMaulavi Nazir 、彼らはパキスタンの国境地帯の部族エリアの中心地・ワジリスタンの北部と南部に拠点をもち、彼ら自身の間でしばしば衝突も繰り返している。
オマール師は12月末と1月の初めに、6人の使者をパキスタンに送った、と南ワジリスタンに程近いDera Ismail Khan地域のタリバンは語った…
…ワジリスタン地方の最大の有力者、ハカニ氏と彼の父親のジャラルッディン・ハカニ は、アル・カイダとパキスタン諜報部の両者に密接な繋がりを持っている、と米国関係者は言う。彼らは北ワジリスタンの拠点から東アフガニスタンのタリバン勢力に指示を送り、アフガニスタンの首都カブールにおける、ますます複雑化している攻撃作戦に関する指示も送っている。
タリバン政権時代に前線司令官だった ザキール師(Mullahザキール)は2001年に北部アフガニスタンで米軍に拘束され2007年に開放されるまでグアンタナモ基地に拘留されていた、と電話取材先のアフガンのタリバンメンバーは語った。
Saturday, March 28, 2009
D.ブルックス、アフガンに入る”Combat and Community” By David Brooks
NYTコラムニストD.Brooksが、アフガンのワルダック県を訪問・レポートした。
http://www.nytimes.com/2009/03/24/opinion/24brooks.html?pagewanted=print¥
戦争とコミュニティ(要旨)
(アフガニスタン、ワルダック県)それはぼろを着た子供の多い、家々もまばらなダウンタウン、老人の姿はほとんどまれな、平均年齢45歳の地域… チェックポイントにいる背の低い迷彩服の兵士は、子供かと思えば米軍の女性兵士が笑っている…
”The U.S. has just increased troop levels tenfold in Wardak."
─米軍はちょうど、この地に派遣する兵力を10倍に増強したところだ。駐車場には無骨な装甲車両がひしめく…
…米軍兵士の詰める合板でつくられた部屋で25名のアーミー・レンジャーに会う。(フットボールのラインバッカー系の、クルーカットの男が沢山、会議をしている。唯一日焼けして髭を蓄えたMoses大佐はイラク戦争で反乱軍と戦ってきたベテラン)
”As they talk, it becomes clear that aside from killing bad guys, they’re also trying to figure out how to reweave Afghan society.
(彼らはただbad guysを掃討するだけでなく、アフガン社会の'再縫合'を試みようとしている)”
"Before the Soviet invasion in 1979, Afghan towns had three parallel authority structures: the tribal elders, the religious clerics and the government representatives. The Soviets decimated the tribes and the indigenous government. That left only the mullahs, and their sudden unchecked prominence helped explain the rise of the Taliban.”
(’79年のソビエトの侵攻前、アフガンの街には3種類の権力者が同時に存在していた─ 部族の年長者たち、宗教的な聖職者たち、そして政府の代理人たち。ソビエトは部族の組織と土着的な政府を殲滅した。そして宗教者たちだけが残り、彼らのノーチェックの優勢さがタリバンの勃興を生んだ…)
(…しかしテロリズムとタリバンの崩壊は宗教者たちの力もそいだ。2002年に米国の同盟軍がきたとき彼らの社会はずたずたにされ、社会資本は壊滅していた。その無秩序が反乱軍の隆盛を生んだ。
2002-05年に米・同盟国とアフガン人たちは社会の再建を協議して─戦争領主の存在と内戦発生の恐れが最大の脅威だと考え、中央集権的政府を建設した。それはある程度は成功し、政府軍はアフガニスタンで最大の信頼できる組織になったが、彼らの手では村レベルでの社会の復興はできず、無法状態と偏在する政治腐敗は誰にも防げなかった)
─そのため「国家統合プロジェクト」の名のもとに、村々ではいまや「地域社会振興会議(コミュニティ・ディベロップメント・カウンシル)」を選出しようとしている。ここに西欧の支援団体は2万3千の地方の村々の再建のために最高6万ドルを寄付しようとしている。
─ ワルダック県の知事、モハメド・ハリム・フィダイと木製の部屋の男達は、Afghan Public Protection Programを作成している。─ この計画のもと、村々ではもはや、治安維持のためカブールから送られる国家の警察組織だけに頼ることはない。今後は村々独自で警察組織を雇い、学校や橋や、近隣の地域を守る。この県では国が派遣した26名の警察官のほかに、250名の地域住民のA.P.P.Pが組織される。
─こうした組織に地方の militias や warlordism(戦争領主と私兵勢力)の跋扈の再来を恐れる声もあるが、アフガニスタンの安定には地方の治安組織が必要だ。対話とコンセンサスのある社会制度の確立が必要だ。そしてそれが中央政府とつながり協力し合う必要がある。これが今、武装したHumveeのひしめくparkng lotと、日々の攻撃の脅威の中で始まっていることだ…
http://www.nytimes.com/2009/03/24/opinion/24brooks.html?pagewanted=print¥
戦争とコミュニティ(要旨)
(アフガニスタン、ワルダック県)それはぼろを着た子供の多い、家々もまばらなダウンタウン、老人の姿はほとんどまれな、平均年齢45歳の地域… チェックポイントにいる背の低い迷彩服の兵士は、子供かと思えば米軍の女性兵士が笑っている…
”The U.S. has just increased troop levels tenfold in Wardak."
─米軍はちょうど、この地に派遣する兵力を10倍に増強したところだ。駐車場には無骨な装甲車両がひしめく…
…米軍兵士の詰める合板でつくられた部屋で25名のアーミー・レンジャーに会う。(フットボールのラインバッカー系の、クルーカットの男が沢山、会議をしている。唯一日焼けして髭を蓄えたMoses大佐はイラク戦争で反乱軍と戦ってきたベテラン)
”As they talk, it becomes clear that aside from killing bad guys, they’re also trying to figure out how to reweave Afghan society.
(彼らはただbad guysを掃討するだけでなく、アフガン社会の'再縫合'を試みようとしている)”
"Before the Soviet invasion in 1979, Afghan towns had three parallel authority structures: the tribal elders, the religious clerics and the government representatives. The Soviets decimated the tribes and the indigenous government. That left only the mullahs, and their sudden unchecked prominence helped explain the rise of the Taliban.”
(’79年のソビエトの侵攻前、アフガンの街には3種類の権力者が同時に存在していた─ 部族の年長者たち、宗教的な聖職者たち、そして政府の代理人たち。ソビエトは部族の組織と土着的な政府を殲滅した。そして宗教者たちだけが残り、彼らのノーチェックの優勢さがタリバンの勃興を生んだ…)
(…しかしテロリズムとタリバンの崩壊は宗教者たちの力もそいだ。2002年に米国の同盟軍がきたとき彼らの社会はずたずたにされ、社会資本は壊滅していた。その無秩序が反乱軍の隆盛を生んだ。
2002-05年に米・同盟国とアフガン人たちは社会の再建を協議して─戦争領主の存在と内戦発生の恐れが最大の脅威だと考え、中央集権的政府を建設した。それはある程度は成功し、政府軍はアフガニスタンで最大の信頼できる組織になったが、彼らの手では村レベルでの社会の復興はできず、無法状態と偏在する政治腐敗は誰にも防げなかった)
─そのため「国家統合プロジェクト」の名のもとに、村々ではいまや「地域社会振興会議(コミュニティ・ディベロップメント・カウンシル)」を選出しようとしている。ここに西欧の支援団体は2万3千の地方の村々の再建のために最高6万ドルを寄付しようとしている。
─ ワルダック県の知事、モハメド・ハリム・フィダイと木製の部屋の男達は、Afghan Public Protection Programを作成している。─ この計画のもと、村々ではもはや、治安維持のためカブールから送られる国家の警察組織だけに頼ることはない。今後は村々独自で警察組織を雇い、学校や橋や、近隣の地域を守る。この県では国が派遣した26名の警察官のほかに、250名の地域住民のA.P.P.Pが組織される。
─こうした組織に地方の militias や warlordism(戦争領主と私兵勢力)の跋扈の再来を恐れる声もあるが、アフガニスタンの安定には地方の治安組織が必要だ。対話とコンセンサスのある社会制度の確立が必要だ。そしてそれが中央政府とつながり協力し合う必要がある。これが今、武装したHumveeのひしめくparkng lotと、日々の攻撃の脅威の中で始まっていることだ…
Wednesday, March 25, 2009
米国、アフガンで民兵団を組織?"U.S. and Afghans Plan to Recruit Local Militias " By DEXTER FILKINS

★昨年Xmasに、イラク戦争報道のベテラン、フィルキンズがアフガニスタン情勢をレポートした…
米国およびアフガン政府が、地方民兵組織を計画 By デクスター・フィルキンズ
(カブール 12/24)イラクでの実験の成功をもとに、いまや、米軍の司令官らとアフガンのリーダー達は地方的な民兵組織(ローカル・ミリシア)を武装化しようとしている─ふたたびび力を取り戻しつつあるタリバンに対抗するためのこの計画は、希望も喚起するが、新たな武装兵力の出現がこの国をより深い流血の淵に押し出すのではという恐怖感も生んでいる。
こうした民兵組織は、山々が連なるこの国のはるか隅々にまで分散する、米軍とアフガニスタンの治安部隊を助けるべく配置されるだろう。このような地方の自衛のための武装組織は、来年の初頭にもワルダック県で組織されようとしている- ワルダック県は首都カブールのすぐ外郭にあり、最近、タリバンが多くの政府機関を蹂躙した地域だ─ もしも、この実験に成功のきざしがあるなら、同様な民兵組織が国中で早急に組織されるだろう、とアフガン政府幹部はいっている。
アフガンの民兵組織は、イラクにおいて同様の組織が果たしてきた仕事を引き継ぐだろう─イラクの元反政府勢力のメンバーであった10万人のスンニ派武装勢力が、政府の給与支払いのもとに、おこなってきたような仕事を ─そうした組織は「覚醒部隊(The Awakening Council)」として知られ、米国関係者は彼らがイラクでの暴力の画期的な減少をもたらす触媒となったことを認めている。
そうした計画は、多くのアフガニスタン人に大きな不安も与える──パシュトゥーン族が支配する民兵組織には、やがて政府による統率もきかなくなり、彼らは地方住民を脅かし、政府に反抗するのではないかと。アフガン政府は米国のサポートのもとに2001年以来数回にわたり、地方領主の民兵に対する野心的な試みとして、武装の解除と、武器の押収をおこなってきた。昨秋には、地方的な民兵組織を政府が組織するという提案はアフガニスタン議会で否決された。
「こうしたことで、パシュトゥン人と非パシュトゥン人のあいだの闘争が起こるだろう」、と、アフガニスタン議会のタジク族出身の議員、サリ・モハマド・レジスタニ(Salih Mohammad Registani)はいう。レジスタニは、アルバーキ(Arbaki)という民兵団の怖ろしい幻影について語る─それはパシュトゥーン人を主体に20世紀初頭に組織されたが、他のアフガン人との連携を断って勝手放題をはじめた組織だった。「Civil war (内戦)はすぐに勃発するだろう」と彼はいう。
しかし今月カルザイ首相によって承認された民兵組織の計画は、アフガニスタンで悪化をたどる治安を回復するため、いずれにせよ推進されることだろう。
軽度な訓練のみを受けた民兵軍団をどの程度配備するかは─、9・11のテロ攻撃以来、権力の座から追われつつも近年また顕著に勢力を回復しているタリバンとの戦いをとりまく緊急の感覚を反映している。
米軍の司令官たちは、アフガニスタンの(正規の)軍とその警察組織を使いたがるが、それは単純にいって不可能だ。 「我々には充分な警察の組織がない。」とアフガンの米軍司令官代理Michael S. Tucker大佐はいう。「我々には、警察勢力を準備しているような時間などない。」
<The International Council on Security and Development>のある調査によれば、現在、アフガニスタンの国土の72%で(1年前には54%だったのに対し)、タリバンが恒久的な勢力拠点を設置しているという。
最近タリバンは、カブールの西側ワルダック県を含む首都周辺各県にもあらたに勢力を伸ばした。アフガン初の地方民兵組織の設立だけでなく、米軍司令官たちはこの県に数百名の米軍部隊を配備する計画で、その先遣部隊はすでに到着している。ワルダック県はナショナル・ハイウェイで二分されており、そこではタリバンの反政府勢力が、物資輸送コンボイへの数知れぬ待ち伏せ攻撃をおこなってきた。
民兵組織の計画は米軍のデビッド・ペトラエウス大佐の到着とも時を同じくする─ 彼はイラクで反政府勢力の攻撃削減を監督してきたが、今、アフガニスタンとその周辺地域における米軍司令官に就任したのだ。
米軍は来年、アフガニスタンにすでに駐留する米・NATO軍の7万の兵力に加えてさらに2万から3万の追加兵力を増派する予定だ。オバマ次期大統領は米国のこの地での軍事的努力を倍増すると宣言している。
こうした民兵組織の設立とは、向こう12ヶ月間に、米軍司令官たちがどうやってタリバンからイニシアティブを奪取するかの少なくとも部分的な回答だ。米国の次期政府高官たちは、米国人とアフガニスタン人が協力してタリバン内部の亀裂の利用を試みるという─米軍はフレッシュな新規兵力増派ともあいまって…タリバン内部で未だに彼らの側との和解が可能なグループに対し、タリバンから分離させようと試みる。これはタリバンを圧搾疲弊させることが彼らの主要課題であるということを示唆する。
米国とアフガン政府は、アフガニスタン各県に100名から200名のその地域出身者からなる武装民兵を組織したいという。実際ワルダック県には、8つの行政区がある。
そのような武装民兵各自の信頼性を増すため、米国とアフガン政府は地方のリーダーたち─部族長やイスラム宗教者の力を借りて民兵メンバーの選出をおこなうという。
こうした民兵は、短期間のトレーニングを受けると同時に、攻撃用ライフルや手榴弾ランチャーなどの武器、通信機器などを支給される、とアフガン防衛大臣Abdul Rahim Wardakはいう。
イラクでの米軍の司令官達はほぼ独占的に部族リーダー達の力を借りて、スンニ派武装勢力を自由な手足の如く使ってきた。しかしアフガニスタンでは、30年にわたる内戦が各地方の部族を蹴散らし、その組織を弱体化させてしまった。米国とアフガンのリーダーたちはそれらに代わり、より広範に部族のリーダーたちを寄せ集め、つぎはぎしたカウンシル(連合体)の設立を試みるという。
─彼らはそうした民兵組織をコントロールすることに自信を示し、またそうした民兵組織が数々の義務を果たすことを期待している─例えば米軍とアフガン軍がそれに頼って行動すべく、タリバンの動静を伝える諜報活動もおこなわせるという。
「我々には悪い奴らがいつ街にやってくるかはわからない」とTucker大佐はいう、「しかしローカルな人々は知っている。彼らは何でも知っているのだ。」
ワルダックのある部族リーダーがいうには、タリバンは彼らの地方の住民たちの間ではひどく不人気な状況にあり、地方的な民兵組織はより事態を悪化させるのではないかと人々は懸念している。
あるインタビューで、ヌリ族の部族リーダー、モハメド・ナイム・ハクマルはこのように言う──ワルダック県の約80%を支配下におくタリバンは、県内各地区(district)の中心部以外を全て実質的に支配していた。タリバンは自由に歩きまわり、チェックポイントを設立し、カブールからカンダハルへとハイウェイで抜ける米軍のコンボイを破壊する爆弾を仕掛けていた。
しかし結局のところ──タリバンは、ワルダック県の地元の人々が通常の暮らしをおくることを妨害するため、地元では人気を失ってきた。2ヶ月前にJajatooという村で タリバンが地方の道路を封鎖し、米軍に攻撃を仕掛けようとしたとき、地域住民のグループが反乱を起こした。タリバンはそうした村人たちに銃を向け、5人の村人が殺された。
「タリバンは戦うことを好むが、それは地域の人々との間に問題を生む。」とハクマル氏はいう。「人々は、彼らの生活をつづけたいと思っているのだ。」
ハクマル氏は、政府の支援する民兵組織が成功をおさめる可能性にも疑いを表明する。なぜなら、アフガン及び米国政府の担当者はこれまで、伝統的な地域のリーダーたちの頭をとび越えて、彼らと何も協議しようとしてこなかったからだという。これまで、彼らはその地であまり信頼のない人物ばかりを域共同体のリーダーに選んできた。
さらに、民兵組織が政府から適切なサポートやガイダンスを得ることができず、そして最終的にはタリバンのメンバーとの間での部族的な反目が噴出していくのでは、と懸念するという。
「我々は既にアフガニスタン軍と、警察をもっている─彼らがタリバンのことに対処すべきだ。」とハクマル氏はいう。
ワルダック県のあるタリバン指揮官は(彼は攻撃される恐れがあるとして匿名で語った)、もしもタリバンがすでにその地で根を張っているなら、政府の雇用する民兵組織がその地域に根をはるのは難しいだろう、という。
「我々は、村々の中の地区に住んでいる──我々は、山中に住んでいるのではないのだ、」とあるタリバンの長はいう。「そして、人々は我々とともにあるのだ。」
http://www.nytimes.com/2008/12/24/world/asia/24afghan.html?hp
米国およびアフガン政府が、地方民兵組織を計画 By デクスター・フィルキンズ
(カブール 12/24)イラクでの実験の成功をもとに、いまや、米軍の司令官らとアフガンのリーダー達は地方的な民兵組織(ローカル・ミリシア)を武装化しようとしている─ふたたびび力を取り戻しつつあるタリバンに対抗するためのこの計画は、希望も喚起するが、新たな武装兵力の出現がこの国をより深い流血の淵に押し出すのではという恐怖感も生んでいる。
こうした民兵組織は、山々が連なるこの国のはるか隅々にまで分散する、米軍とアフガニスタンの治安部隊を助けるべく配置されるだろう。このような地方の自衛のための武装組織は、来年の初頭にもワルダック県で組織されようとしている- ワルダック県は首都カブールのすぐ外郭にあり、最近、タリバンが多くの政府機関を蹂躙した地域だ─ もしも、この実験に成功のきざしがあるなら、同様な民兵組織が国中で早急に組織されるだろう、とアフガン政府幹部はいっている。
アフガンの民兵組織は、イラクにおいて同様の組織が果たしてきた仕事を引き継ぐだろう─イラクの元反政府勢力のメンバーであった10万人のスンニ派武装勢力が、政府の給与支払いのもとに、おこなってきたような仕事を ─そうした組織は「覚醒部隊(The Awakening Council)」として知られ、米国関係者は彼らがイラクでの暴力の画期的な減少をもたらす触媒となったことを認めている。
そうした計画は、多くのアフガニスタン人に大きな不安も与える──パシュトゥーン族が支配する民兵組織には、やがて政府による統率もきかなくなり、彼らは地方住民を脅かし、政府に反抗するのではないかと。アフガン政府は米国のサポートのもとに2001年以来数回にわたり、地方領主の民兵に対する野心的な試みとして、武装の解除と、武器の押収をおこなってきた。昨秋には、地方的な民兵組織を政府が組織するという提案はアフガニスタン議会で否決された。
「こうしたことで、パシュトゥン人と非パシュトゥン人のあいだの闘争が起こるだろう」、と、アフガニスタン議会のタジク族出身の議員、サリ・モハマド・レジスタニ(Salih Mohammad Registani)はいう。レジスタニは、アルバーキ(Arbaki)という民兵団の怖ろしい幻影について語る─それはパシュトゥーン人を主体に20世紀初頭に組織されたが、他のアフガン人との連携を断って勝手放題をはじめた組織だった。「Civil war (内戦)はすぐに勃発するだろう」と彼はいう。
しかし今月カルザイ首相によって承認された民兵組織の計画は、アフガニスタンで悪化をたどる治安を回復するため、いずれにせよ推進されることだろう。
軽度な訓練のみを受けた民兵軍団をどの程度配備するかは─、9・11のテロ攻撃以来、権力の座から追われつつも近年また顕著に勢力を回復しているタリバンとの戦いをとりまく緊急の感覚を反映している。
米軍の司令官たちは、アフガニスタンの(正規の)軍とその警察組織を使いたがるが、それは単純にいって不可能だ。 「我々には充分な警察の組織がない。」とアフガンの米軍司令官代理Michael S. Tucker大佐はいう。「我々には、警察勢力を準備しているような時間などない。」
<The International Council on Security and Development>のある調査によれば、現在、アフガニスタンの国土の72%で(1年前には54%だったのに対し)、タリバンが恒久的な勢力拠点を設置しているという。
最近タリバンは、カブールの西側ワルダック県を含む首都周辺各県にもあらたに勢力を伸ばした。アフガン初の地方民兵組織の設立だけでなく、米軍司令官たちはこの県に数百名の米軍部隊を配備する計画で、その先遣部隊はすでに到着している。ワルダック県はナショナル・ハイウェイで二分されており、そこではタリバンの反政府勢力が、物資輸送コンボイへの数知れぬ待ち伏せ攻撃をおこなってきた。
民兵組織の計画は米軍のデビッド・ペトラエウス大佐の到着とも時を同じくする─ 彼はイラクで反政府勢力の攻撃削減を監督してきたが、今、アフガニスタンとその周辺地域における米軍司令官に就任したのだ。
米軍は来年、アフガニスタンにすでに駐留する米・NATO軍の7万の兵力に加えてさらに2万から3万の追加兵力を増派する予定だ。オバマ次期大統領は米国のこの地での軍事的努力を倍増すると宣言している。
こうした民兵組織の設立とは、向こう12ヶ月間に、米軍司令官たちがどうやってタリバンからイニシアティブを奪取するかの少なくとも部分的な回答だ。米国の次期政府高官たちは、米国人とアフガニスタン人が協力してタリバン内部の亀裂の利用を試みるという─米軍はフレッシュな新規兵力増派ともあいまって…タリバン内部で未だに彼らの側との和解が可能なグループに対し、タリバンから分離させようと試みる。これはタリバンを圧搾疲弊させることが彼らの主要課題であるということを示唆する。
米国とアフガン政府は、アフガニスタン各県に100名から200名のその地域出身者からなる武装民兵を組織したいという。実際ワルダック県には、8つの行政区がある。
そのような武装民兵各自の信頼性を増すため、米国とアフガン政府は地方のリーダーたち─部族長やイスラム宗教者の力を借りて民兵メンバーの選出をおこなうという。
こうした民兵は、短期間のトレーニングを受けると同時に、攻撃用ライフルや手榴弾ランチャーなどの武器、通信機器などを支給される、とアフガン防衛大臣Abdul Rahim Wardakはいう。
イラクでの米軍の司令官達はほぼ独占的に部族リーダー達の力を借りて、スンニ派武装勢力を自由な手足の如く使ってきた。しかしアフガニスタンでは、30年にわたる内戦が各地方の部族を蹴散らし、その組織を弱体化させてしまった。米国とアフガンのリーダーたちはそれらに代わり、より広範に部族のリーダーたちを寄せ集め、つぎはぎしたカウンシル(連合体)の設立を試みるという。
─彼らはそうした民兵組織をコントロールすることに自信を示し、またそうした民兵組織が数々の義務を果たすことを期待している─例えば米軍とアフガン軍がそれに頼って行動すべく、タリバンの動静を伝える諜報活動もおこなわせるという。
「我々には悪い奴らがいつ街にやってくるかはわからない」とTucker大佐はいう、「しかしローカルな人々は知っている。彼らは何でも知っているのだ。」
ワルダックのある部族リーダーがいうには、タリバンは彼らの地方の住民たちの間ではひどく不人気な状況にあり、地方的な民兵組織はより事態を悪化させるのではないかと人々は懸念している。
あるインタビューで、ヌリ族の部族リーダー、モハメド・ナイム・ハクマルはこのように言う──ワルダック県の約80%を支配下におくタリバンは、県内各地区(district)の中心部以外を全て実質的に支配していた。タリバンは自由に歩きまわり、チェックポイントを設立し、カブールからカンダハルへとハイウェイで抜ける米軍のコンボイを破壊する爆弾を仕掛けていた。
しかし結局のところ──タリバンは、ワルダック県の地元の人々が通常の暮らしをおくることを妨害するため、地元では人気を失ってきた。2ヶ月前にJajatooという村で タリバンが地方の道路を封鎖し、米軍に攻撃を仕掛けようとしたとき、地域住民のグループが反乱を起こした。タリバンはそうした村人たちに銃を向け、5人の村人が殺された。
「タリバンは戦うことを好むが、それは地域の人々との間に問題を生む。」とハクマル氏はいう。「人々は、彼らの生活をつづけたいと思っているのだ。」
ハクマル氏は、政府の支援する民兵組織が成功をおさめる可能性にも疑いを表明する。なぜなら、アフガン及び米国政府の担当者はこれまで、伝統的な地域のリーダーたちの頭をとび越えて、彼らと何も協議しようとしてこなかったからだという。これまで、彼らはその地であまり信頼のない人物ばかりを域共同体のリーダーに選んできた。
さらに、民兵組織が政府から適切なサポートやガイダンスを得ることができず、そして最終的にはタリバンのメンバーとの間での部族的な反目が噴出していくのでは、と懸念するという。
「我々は既にアフガニスタン軍と、警察をもっている─彼らがタリバンのことに対処すべきだ。」とハクマル氏はいう。
ワルダック県のあるタリバン指揮官は(彼は攻撃される恐れがあるとして匿名で語った)、もしもタリバンがすでにその地で根を張っているなら、政府の雇用する民兵組織がその地域に根をはるのは難しいだろう、という。
「我々は、村々の中の地区に住んでいる──我々は、山中に住んでいるのではないのだ、」とあるタリバンの長はいう。「そして、人々は我々とともにあるのだ。」
http://www.nytimes.com/2008/12/24/world/asia/24afghan.html?hp
Thursday, March 12, 2009
ミシェルは腕を隠すべきか?"Should Michelle Cover Up?" -- Michelle Obama と Maureen Dowd..
*2月の末、オバマ大統領が”初の合衆国議会演説”を披露した日、傍聴席のミシェル夫人は意表をつくノースリーブ・ドレスを纏っていたが…それはVougue誌の表紙を飾ったものと同じ粋な衣装にもみえ…全米のメディアは一抹の戸惑いも表した
*NYTimesのblogでは…ミシェル夫人が真冬の会議場で露出した'muscular'な二の腕が、彼女のジムでの1年間のトレーニングの賜物で …彼女が、娘たちが小さかった頃、ガールフレンドと二人で個人トレーナーへの報酬を割り勘にしてトレーニングを始めたこと、最近では娘たちの起きる前や土曜日にも心肺やウェイトのトレーニングを行い、夫もまた同じトレーナーについている、ことも明かした─そのblogでは特別、非難めいたことは書いていなかったが…
http://thecaucus.blogs.nytimes.com/2009/02/25/michelle-obama-goes-sleeveless-again/?scp=5&sq=Michelle%20%20&st=cse
"Michelle Obama Goes Sleeveless, Again"
*東海岸で発行される、ある新聞メディアは、ミシェルの二の腕の鮮烈な印象が「シカゴから来た火打石のよう」だとも書いた。
一方、オバマ夫妻の地元の新聞、Chicago Tribuneでは、何人かの女性ライターがそれぞれ別のコラムで、一斉に皮肉や悪口を連発していた…彼女の季節外れのノースリーブは「皆を立腹させたし、下品だ…」、「彼女のナマ腕がシカゴの火打石だなんて、とんでもない」など─。同じシカゴに住むメディア・ピープルの女性らがミシェルのパフォーマンスに過大な関心や、変な老婆心などを抱いても不思議はないのだが…
*NYTのコラムニストのMaureen Dowdが先週、彼女の腕に触れたコラムは注目だった。モニカの事件でヒラリーを無茶苦茶にこき下ろしてセレブ・コラムニストになった彼女が珍しく同性のミシェルを絶賛しているとは…ミシェルはDowdにすっかり気に入られたのだろうか?
"Should Michelle Cover Up?" By MAUREEN DOWD 「ミシェルは腕を隠す必要があるのか?」By モーリーン・ダウド (抄訳)
冒頭略 (先日、英国のゴードン・ブラウン首相が米国のオバマ大統領を訪れた際)、サラ・ブラウン首相夫人はオバマ大統領の娘たちに、英国で一番人気のショップのドレスとネックレスをプレゼントした。しかし、Solipsist(唯我主義者)なミシェル・オバマ夫人はブラウン首相の息子たちに、Marine One<合衆国大統領を運ぶ専用ヘリ>の模型を贈っただけだった─
<中略> …記者会見に行く際、私はタクシーの中で(同僚のコラムニストの)デビッド・ブルックスに、ミシェルの驚くべきあの腕をどう思うか、尋ねてみた。彼は、彼女はそろそろあの腕を隠すべきではないかと思う、と言った。「彼女はすでにポイントをアピールしたからね。これからは、雷と稲妻は隠すべきだよ。」─でも私は、このことに関する <嘆くべきこと>は別の点にあると思った。「誰かがミシェルに、ワードローブを時々シャッフルして、ちゃんとカバーアップするようにアドバイスすべきよ」、とは先週、The Daily Beastのサンドラ・マックェルウェインも書いていたことだ。
ワシントンという土地は、スタイルの過剰や、セクシュアリティの露出過剰には人々がいつも疑問を抱く土地だ。あまりお洒落な身づくろいに精を出していると、夜遅くまで温暖化ガス排出権のキャップ・アンド・トレード制度の勉強などはしていないのだと察せられる。
デビッドは、ミシェルが、夫が議会演説をしている時に着ていた茄子型でVネックのノンスリーブ・ドレスによって打ち負かされたりしてはいなかった─ある共和党議員はあのときそれに関して、同僚に「ベイブ」と囁いたともいわれるが。
彼は、この地で政策を審議している聴衆たちがあのドレスを、これ見よがしでけばけばしい、と思う可能性もあるという。「ワシントンでは肉感的なものは回避される。この街のガリ勉連中は頭脳的なものが好きだ。彼女は彼女の特定の体の一部などのフィジカルな存在感で、人々に認知されるべきではないな。」 デビッドは、オバマ夫婦がワークアウト狂である話を持ち出した。「僕は時々オバマが大統領選に出馬した理由は、ミシェルが彼女の二頭筋を見せびらかせる場所(platform)を得るためだったんではないかと思うよ。」
選挙キャンペーンの期間中にも、オバマ陣営の上層部では、ミシェル夫人がノンスリーブのドレスを着ないように…彼女がその筋肉と影響力のあるパーソナリティとで他人に威圧感を与えないように、といった討議がなされていたのだ。
あーよかった!彼女はその議論を無視した。私が好きなのは彼女のデザイナー物のドレスからカジュアルなJ-Crewまで着こなすグラマラスな魅力だ。そして彼女が平日におこなっているスープキッチンへの訪問や、市内の学校、軍人の家族などへの訪問活動だ。ミシェルの直感(ひらめき)は、大恐慌時代にもジンジャー・ロジャース(*'40年のアカデミー賞女優)が、羽毛とラメの衣装で滑るように動き回っていたことに対する我々の不況の時代が提案する答えだ。
彼女の腕、そして彼女自身の肌への完璧な自信は、アメリカ人がそれに専心すれば、何でもできるということを思い出させてくれる。
─彼女はヒラリーとは違い(ヒラリーは、彼女の嫌いなファーストレディーの仕事のなかで肌を擦りむいていたのだが…)、ローラとも違い(ローラは長らく姿を現さずに、単なる配偶者、としての役目に引っ込んでいたのだが…)、ミシェルは毎日飛び回っている。その仕事の幅を広げて、寛大な魂と自信にあふれた気質、そしてよくトレーニングされた肉体には何が達成できるかを、我々に示してくれながら。
私は彼女がまた、キャップ・アンド・トレード取引(環境問題・Co2排出権の)等についても、その気軽さと、堂々とした*威勢のよさ(*panache..羽飾りと同意語)とで語ってくれることに疑いはないと思う。
http://www.nytimes.com/2009/03/08/opinion/08dowd.html
++++++++
*Mo Dowdが触れている彼女の「スープキッチンへの訪問」とはこの記事だ… ミシェルの行動は人々を元気にしてくれる。
http://www.nytimes.com/2009/03/11/dining/11lady.html?scp=1&sq=Michelle%20Obama%E2%80%99s%20Message%20-%20Eat%20Fresh%20Food&st=cse
”Michelle Obama’s Agenda Includes Healthful Eating”
*ワシントンで先週、ミシェルはこのノン・プロフィットの店 Miriam’s Kitchenを訪れ、この店が提供するヘルシーで栄養バランスの取れたメニューを礼賛した。ホームレスのためのイベントで数人のホームレスの男女のためにランチをサーブした。
*ミシェルはホワイトハウスに入るや否や第1週目に、彼女が健康づくりのチャンピオンで、ヘルシー・リビングが彼女の主要なアジェンダであることを示した。彼女がこのコミュニティがもつベジタブル・ガーデンを賞賛し、健康な食事にこだわって娘たちに食事を提供する彼女自身のキッチンをメディアに公開し、彼女の食へのポリシーについて語った。
*この国では肥満が蔓延しており、過剰な甘さや・過剰な塩辛さへの嗜好などの対決すべき課題も多い中で、ミシェルが唱えるのは、「Freshで栄養のある食べ物とは、お金持ちだけが楽しめる贅沢ではなく、ごく普通の家族、貧しさと闘う家族などの暮らしにとっても重要なコンポーネントなのだ」というメッセージだ、という。
*東海岸で発行される、ある新聞メディアは、ミシェルの二の腕の鮮烈な印象が「シカゴから来た火打石のよう」だとも書いた。
一方、オバマ夫妻の地元の新聞、Chicago Tribuneでは、何人かの女性ライターがそれぞれ別のコラムで、一斉に皮肉や悪口を連発していた…彼女の季節外れのノースリーブは「皆を立腹させたし、下品だ…」、「彼女のナマ腕がシカゴの火打石だなんて、とんでもない」など─。同じシカゴに住むメディア・ピープルの女性らがミシェルのパフォーマンスに過大な関心や、変な老婆心などを抱いても不思議はないのだが…
*NYTのコラムニストのMaureen Dowdが先週、彼女の腕に触れたコラムは注目だった。モニカの事件でヒラリーを無茶苦茶にこき下ろしてセレブ・コラムニストになった彼女が珍しく同性のミシェルを絶賛しているとは…ミシェルはDowdにすっかり気に入られたのだろうか?
"Should Michelle Cover Up?" By MAUREEN DOWD 「ミシェルは腕を隠す必要があるのか?」By モーリーン・ダウド (抄訳)
冒頭略 (先日、英国のゴードン・ブラウン首相が米国のオバマ大統領を訪れた際)、サラ・ブラウン首相夫人はオバマ大統領の娘たちに、英国で一番人気のショップのドレスとネックレスをプレゼントした。しかし、Solipsist(唯我主義者)なミシェル・オバマ夫人はブラウン首相の息子たちに、Marine One<合衆国大統領を運ぶ専用ヘリ>の模型を贈っただけだった─
<中略> …記者会見に行く際、私はタクシーの中で(同僚のコラムニストの)デビッド・ブルックスに、ミシェルの驚くべきあの腕をどう思うか、尋ねてみた。彼は、彼女はそろそろあの腕を隠すべきではないかと思う、と言った。「彼女はすでにポイントをアピールしたからね。これからは、雷と稲妻は隠すべきだよ。」─でも私は、このことに関する <嘆くべきこと>は別の点にあると思った。「誰かがミシェルに、ワードローブを時々シャッフルして、ちゃんとカバーアップするようにアドバイスすべきよ」、とは先週、The Daily Beastのサンドラ・マックェルウェインも書いていたことだ。
ワシントンという土地は、スタイルの過剰や、セクシュアリティの露出過剰には人々がいつも疑問を抱く土地だ。あまりお洒落な身づくろいに精を出していると、夜遅くまで温暖化ガス排出権のキャップ・アンド・トレード制度の勉強などはしていないのだと察せられる。
デビッドは、ミシェルが、夫が議会演説をしている時に着ていた茄子型でVネックのノンスリーブ・ドレスによって打ち負かされたりしてはいなかった─ある共和党議員はあのときそれに関して、同僚に「ベイブ」と囁いたともいわれるが。
彼は、この地で政策を審議している聴衆たちがあのドレスを、これ見よがしでけばけばしい、と思う可能性もあるという。「ワシントンでは肉感的なものは回避される。この街のガリ勉連中は頭脳的なものが好きだ。彼女は彼女の特定の体の一部などのフィジカルな存在感で、人々に認知されるべきではないな。」 デビッドは、オバマ夫婦がワークアウト狂である話を持ち出した。「僕は時々オバマが大統領選に出馬した理由は、ミシェルが彼女の二頭筋を見せびらかせる場所(platform)を得るためだったんではないかと思うよ。」
選挙キャンペーンの期間中にも、オバマ陣営の上層部では、ミシェル夫人がノンスリーブのドレスを着ないように…彼女がその筋肉と影響力のあるパーソナリティとで他人に威圧感を与えないように、といった討議がなされていたのだ。
あーよかった!彼女はその議論を無視した。私が好きなのは彼女のデザイナー物のドレスからカジュアルなJ-Crewまで着こなすグラマラスな魅力だ。そして彼女が平日におこなっているスープキッチンへの訪問や、市内の学校、軍人の家族などへの訪問活動だ。ミシェルの直感(ひらめき)は、大恐慌時代にもジンジャー・ロジャース(*'40年のアカデミー賞女優)が、羽毛とラメの衣装で滑るように動き回っていたことに対する我々の不況の時代が提案する答えだ。
彼女の腕、そして彼女自身の肌への完璧な自信は、アメリカ人がそれに専心すれば、何でもできるということを思い出させてくれる。
─彼女はヒラリーとは違い(ヒラリーは、彼女の嫌いなファーストレディーの仕事のなかで肌を擦りむいていたのだが…)、ローラとも違い(ローラは長らく姿を現さずに、単なる配偶者、としての役目に引っ込んでいたのだが…)、ミシェルは毎日飛び回っている。その仕事の幅を広げて、寛大な魂と自信にあふれた気質、そしてよくトレーニングされた肉体には何が達成できるかを、我々に示してくれながら。
私は彼女がまた、キャップ・アンド・トレード取引(環境問題・Co2排出権の)等についても、その気軽さと、堂々とした*威勢のよさ(*panache..羽飾りと同意語)とで語ってくれることに疑いはないと思う。
http://www.nytimes.com/2009/03/08/opinion/08dowd.html
++++++++
*Mo Dowdが触れている彼女の「スープキッチンへの訪問」とはこの記事だ… ミシェルの行動は人々を元気にしてくれる。
http://www.nytimes.com/2009/03/11/dining/11lady.html?scp=1&sq=Michelle%20Obama%E2%80%99s%20Message%20-%20Eat%20Fresh%20Food&st=cse
”Michelle Obama’s Agenda Includes Healthful Eating”
*ワシントンで先週、ミシェルはこのノン・プロフィットの店 Miriam’s Kitchenを訪れ、この店が提供するヘルシーで栄養バランスの取れたメニューを礼賛した。ホームレスのためのイベントで数人のホームレスの男女のためにランチをサーブした。
*ミシェルはホワイトハウスに入るや否や第1週目に、彼女が健康づくりのチャンピオンで、ヘルシー・リビングが彼女の主要なアジェンダであることを示した。彼女がこのコミュニティがもつベジタブル・ガーデンを賞賛し、健康な食事にこだわって娘たちに食事を提供する彼女自身のキッチンをメディアに公開し、彼女の食へのポリシーについて語った。
*この国では肥満が蔓延しており、過剰な甘さや・過剰な塩辛さへの嗜好などの対決すべき課題も多い中で、ミシェルが唱えるのは、「Freshで栄養のある食べ物とは、お金持ちだけが楽しめる贅沢ではなく、ごく普通の家族、貧しさと闘う家族などの暮らしにとっても重要なコンポーネントなのだ」というメッセージだ、という。
Subscribe to:
Posts (Atom)