Saturday, February 11, 2012

シリア国民評議会(SNC)とは何か?- SLICES OF SYRIA....


シリア国民評議会(SNC)とは何か?

Syrian National Council (SNC) は、シリア国内に分散する反体制勢力をまとめて、2011年春頃より組織化され、11月半ばにイスタンブールで正式に結成を宣言した傘組織(unbrela organization)、異なる民族・宗派の混在するこの国で、アサド政権に代わる体制を模索する「7つの反政府勢力が結成した同盟」(BBC等による)だという。

SNCに参加するグループとは…

• The Damascus Declaration for Democratic Change grouping - (2000-2001年の民主化運動「ダマスカスの春」の際に生まれた組織の亡命支部だが、アサド政権によって弾圧されていた)
• The Syrian Muslim Brotherhood -シリアのムスリム同胞団(シリア国内では違法組織なので、トルコに亡命支部がある)
• Local Coordination Committees - (全国的なデモを先導した各地のローカルな草の根運動
• Assyrian Democratic Organization(アッシリア系シリア人の組織)
• Syrian Revolution General Commission (SRGC) - (シリアの40の野党勢力の合同ブロック)
• Kurdish factions, tribal leaders and independent figures make up the rest of the council.(クルド人勢力各派と部族リーダーら、及び、他の評議会に属する独立的人物たち)

SNCは、カダフィ体制に代わって政権を握ったリビアの国家評議会にも似ており現在評議会のメンバーは190人ほど。
シリアの新しい代理政府とか、トルコにおけるシリア亡命政府といった位置づけは未だ曖昧…(しかし1月21日現在で、米国・フランス・スペイン等を含む12の国連加盟国は、既にSNCを国連の加盟メンバーとして承認しているという。いかにも欧米寄りだからなのか)*SNCを承認している国のmap=Wikipediaのリンクを参照


SNCの最も著名な人物は、フランスを拠点とするシリア人亡命学者Burhan Ghalioun… 11月に議長に就任した。アラブ諸国に対し、継続的に民主的改革を呼びかけてきた人物だとか… (彼は1945年Homs生まれでダマスカス大哲学科卒、ソルボンヌ大にてヒューマニティーと哲学博士号取得。ジャーナリストのPepe Escobarは、Burhan Ghaliounを「欧米の代理人であり、シリアの民衆には未だ受け容れられていない」、などと書いているのだが…。) SNCの大半は亡命シリア人勢力だが「シリアの反政府勢力全体の6割を代表している」、と称する。国内からの支持拡大を求めつつも、シリア国内での支持者(勢力)の名前は伏せたい、としているという。SNCにはシリア国内の別の主な反体制勢力「National Coordination Committee for Democratic Change」から賛否両論の反応(mixed reaction)があるという。


SNCのChairman, Burhan Ghalion
 (ソース):http://www.bbc.co.uk/news/world-middle-east-15155804
http://en.wikipedia.org/wiki/Syrian_National_Council


バシャール・アサド大統領と一族の相関図…

<Slate.comがシリアのアサド大統領一族の「家系・相関図」を掲載>
 アサド一族の亡き族長ハフェスは、1946年から1970年までにシリアの政権が18回も転覆された後、元国防相として'70年にクーデターで政権を奪って安定させた。アラウィ派で世俗主義者のハフェスは国内の多数派・スンニ派への支配を確立し'82年にはシリアのムスリム同胞団を弾圧、大規模なHamaの虐殺を実施(Hamaの屠殺人とよばれたのは、ハフェスの兄弟で右腕のリファートだった)
   現大統領、バシャールは、(2人の兄弟が父を継ぎ軍に入ったなかで)ロンドンで眼科医を目指して勉強しており、亡き父のハフェス・アサドの後継候補とはみなされなかった。しかし'94年、族長ハフェスが65歳の折に、最愛の息子で後継候補のバシャールの兄バシールがドイツのアウトバーンで、スポーツカーの横転する自動車事故で33歳で死亡、バシャールは後継者として呼び戻されたとか…。
 帰国後は軍に入り異例の速さで昇進…2000年に父ハフェスが死去して、バシャールはなかば「アクシデントで」シリア大統領になり 「unlikely autocratic opthalmologist ありそうにない、眼科医の専制君主」となった。
 …彼の弟で残忍で不安定な性格ゆえ父ハフェスが後継者にするのを危ぶんだマヘールは、今では巨大なシリア軍を統率するバシャールの参謀。叔父リファートから国防産業を受け継いだ。非正規民兵のシャビーハをも率いて、昨年の多くの政府側の残虐事件に責任があるとみられている…





*アサド大統領Interview: "An hour with Syrian president Bashar al-Assad" Charlie Rose Show  (3/27/2006)
http://www.charlierose.com/view/interview/484


Maher al-Assad


    Hafez al-Assad                                                   Bassel al-Assad

Tuesday, February 7, 2012

シリア:メール・オーダーの虐殺?Syria: Mail-Order Massacre?


2月4日に、国連でのシリア非難決議案にロシアと中国が拒否権行使
これと同時にシリアのHomsで起こった約300名の市民の虐殺は…
政府側と反体制側どちらの仕業? 欧米メディアと異なる、Pravdaのいい分は? 

シリア:メール・オーダーの虐殺 Syria: Mail-Order Massacre 2.4.2012 - By Timothy Bancroft-Hinchey (2/4、English Pravda)

 誰か、リビアのことを覚えているか?リビアでNATOが、ロシアと中国にこういって約束したときのことを…リビアの市民らを守るためには飛行禁止区域を設けるしかない…そしてそこを埋めに後からNATOが防御のためにやってくるから、といって。 そして2月4日は、NATOが後援するシリア反体制派による残虐テロが頂点をきわめ、偽のフラグを立てた出来事を起こしてX-Dayを宣言した日だった…NATOの軍を送りつけ、第3次世界大戦をスタートさせようとして…。

 NATO、またの名をFUKUS枢軸国〔France、UK、UKそしてIsrael*〕が、国連決議1970及び1973を作成し…リビアの空軍機と、「都市や町々を爆撃する政府軍の航空機」がおこなった「酷い虐殺の数々」にもとづいて…リビアに飛行禁止区域を作ったときのことを覚えているか?リビアの当局が外国の報道機関に自由を与え、何時間か前にそれらの攻撃があったばかりの場所へと彼らを連れて行くからと告げたときに、何が起こったのかを覚えているか? (*FUKUS-Axis...筆者が前回の同じコラム欄http://english.pravda.ru/opinion/columnists/06-01-2012/120164-iran_hormuz-0/でFUKUS threeと呼んだジョーク)

 FUKUS枢軸国が、ロシアと中国に詳細を語るのに失敗したとき…そして、ミッション・クリープ(mission creep*末尾註)としての飛行禁止区域戦術が、NATOの特殊部隊によるフルスケールの侵攻に転じたことを覚えているか(…そしてそれが、リビアで街の黒人たちの喉元を切り裂き、女性をレイプし、金属釘で子供らを突き刺し、人々や建物を焼き払い、泥棒や殺人、拷問、テロを働いたテロリストたちに与える全面支援へと転じたことを?)…どの国の政府が、そうした惨劇をバックで支援していたのかを覚えているだろうか?

 紳士淑女の皆さん、サーカスが街に帰ってきた…今回はシリアに。同じFUKUS枢軸国が企んで、シリアで虐殺をはたらいたテロリストらを武装させ、訓練している─そして、シリアの政府軍がそれに反撃したときには、彼らはヒラリー・クリントンとウィリアム・ヘイグ、アラン・ジュッペたちや…意志盛んな西欧メディアの批判の嵐によって嘲笑された…虐殺と、理性を欠いた軍隊と、人々への弾圧を告発されて。

 シリアの反政府勢力とは、シリアの民衆ではない。反政府勢力の言うこととは異なり、シリアの政府は人々に大いに人気がある…そして反政府勢力の言うこととは異なり、そのシリア国民評議会(Syrian National Council)という(反政府派の)組織は、リビアの暫定国民評議会のミラー(鏡像)なのだ…レイプ犯や、レイシスト、拷問者、放火犯、盗っ人や、殺人者らだ。そしてシリアの国民評議会SNCとは何なのか、それは、トルコを本拠としたSuriye Ulusal Geçiş Konseyiというグループだ。地政学的地図によれば、オスマン朝時代の…オスマン帝国がその地域全体を支配していた時代へとさかのぼる。親西欧の中央アジアと中東のパワーブローカーである、トルコとカタールの台頭を、称賛したいのか?

 一部では…もう一つのFUKUS枢軸国もまたこの地域を支配するために、そして来るべき戦争…まずはイラン・イスラム共和国との、そして次にロシア・中国との戦いへの足がかりとしてそれを用いようとしている。

2月4日:シリアの反体制派によって放たれたXデー
 シリア大使館の外でのシリアのはみだし者や亡命者らの反対デモと、今日の「Homsの虐殺」と呼ばれるものの偶然の一致に、誰か気づいた者はいるだろうか?西欧諸国の報道機関は─FUKUSに支援された反体制勢力の売るストーリーを従順に受け入れ、「我々には証拠はないが、我々にはそれを信じない理由もない」、などと書いている。実際には反体制勢力とFUKUS枢軸国は同じ存在であり、FUKUS枢軸国の軍備で暴虐を振るうために用いている。これは、アフガニスタンやコソボ、イラク、リビアにおきたのと同様のテロリズムと呼ばれるものだ。FUKUSの枢軸国は、その帝国主義的野望を受け容れる者なら、どんなテロリストとでもためらいなくはしゃぎ回るのだ。

メール・オーダーの虐殺 Mail-Order Massacre
 その虐殺、国連での決議投票のちょうど直前のいま(2月4日に)Homsで起こっていると思われる「虐殺」とは…ちょうどPravda紙が(1週間前に)シリアの敵によるトルコ国境への化学兵器の密輸の策略について暴露したためにその攻撃が実行されなかった、その1週間後に起きているのだ。

 その問題の「虐殺」とは─国連で進行中の決議投票の直接の影響をうけて起こったと思われるのだが─ いったい誰が行っているというのか?治安勢力が罪のない市民らを虐殺した、という証拠を誰か持っているのだろうか?武装したテロリストのギャングが近隣を包囲したときに、あなたは何をすると思うのか?シリア人たちはこうした傭兵やテロリストたちと、1年近くも戦ってきている。それとも、その「虐殺」はシリアの敵(Enemies of Syria)によって行われ、そのあとに政府軍からの報復の攻撃をうけたというのか?

 西欧メディアは105名から217名の人々が殺されたと報じて、西欧の人権団体組織も虐殺が行われた、と主張したが、BBC、SKY、Al Arabiya、Al Jazeera、AFPにはいかなる信憑性があるのか?リビアでも「反政府勢力」がテロリストやレイプ犯、レイシストと殺人者で構成されていることを我々は余りにも明白にみてきたが、シリアの敵Enemy of Syriaらとはいったい何者なのか?

 Homsの虐殺とは、政府による虐殺なのか、それとも国連決議投票の前夜に、シリアの敵Enemy of Syriaによってなされた、メール・オーダーによる虐殺なのか?それは余りにも、明白ではないか?もし国連安保理が投票しようとしていたなら、なぜシリア政府は彼らにモスクワと北京において巨大なプレッシャーをかけ少なくとも棄権させる理由を与えつつ、FUKUSの枢軸国による介入には拒否票を投じなかったのか(それは、いずれにせよ、もしもシリア非難の決議が通ったなら…リビアで起こったように…彼らのサインした紙切れなどは何の意味もなさないものになる)

 PravdaのHomsでの情報源によればその「虐殺テロ」では、テロリストらがアサド大統領の属するアラウィの少数派の人々の家から家をまわって虐殺を行ったのだという。メインフォト (http://pravda-team.ru/eng/image/article/5/3/5/46535.jpeg )
をみるがいい。 矢印が示しているのは、それらの遺体の腕が縛られていることだ。すると、もしもシリアの政府勢力がコミュニティを銃撃したのなら、彼らはまず家々に踏み込んで人々の手を縛り上げ、その後に彼らを銃撃したというわけなのか?

 そんなことを信じるのが、いかに愚かなことか?事実はこれらの人々は、Homsで活動していたイスタンブールの親・FUKUS枢軸国のテロ部隊によって捉われたのだ─彼らは手を縛られて処刑され、そして当局が踏み込んだときに、カメラが人々のためにすべてを写すようにとカメラに向けられたのだ。西欧のくそ報道機関が、国連の決議投票とちょうど同時に、いまひとつの素敵な、気の利いたストーリーを我々のために拵えた。そして、ヒラリー・クリントン、ウィリアム・ヘイグ、アラン・ジュッペが彼らの主張をした。せいぜい、彼らのいうこととは完全に効力を持たず、最悪でも何かもっとずっと邪悪なことなのだ。
 彼らはロシアと中国が愚かだとでも思っているのか、それとも?

終わりに─ ライターのNajah Ibrahimは、この国がかつて歴史上一度も分裂やレイシズムや宗派主義(セクタリアニズム)に陥らなかったことを確信し、知識人たちに対して外国から押しつけられる危機に対抗するようにと呼びかけた。

更なる証拠─ これこれはHomsで、今日2月4日に誘拐された人々の書類〔死者の名前のリスト〕だ。彼らはすべて親政府側のシンパサイザーだ。今日、西欧に提示され、明日国連に提示される死者らの写真のなかにその多くが見られる↓
https://docs.google.com/spreadsheet/ccc?key=0AgcBgBbbRTCcdFZGNjNNdkM2bWpubmJCOWhKLXJVbHc&hl=de&pli=1#gid=0

 面白い。政府軍による「犠牲者たち」は銃撃によって処刑されたようだ… http://www.youtube.com/watch?v=5ito83NnXKc&feature=share

化学兵器による虐殺も、Homsの虐殺ももはやこれまでだ…
お次は何なのだろうか?

Timothy Bancroft-Hinchey  Pravda.ru
http://english.pravda.ru/hotspots/terror/04-02-2012/120420-nato_homs_terrorists-0/


victims of shelling by the Syrian army in the Khalidiya 2.4

拒否権の力 Veto Powers By Daniel Politi (2/6, International Herald Tribune・NYTimes) 

  ロシアと中国の政府は、シリアの暴力を終わらせるための国連安保理での決議に拒否権を用いたことで、批判の嵐を浴びた…しかしそこには、他の見方もある。

 各国のメディアによる意見やコメンタリーをざっとまとめると:

 中国の「Global Times」は北京の強固な位置を、中国の外交の新時代を開くとして称賛した。中国はついに、それが必要としていた「口を開くことによる報復を果たした。その本当の考えを隠すことは問題を避ける助けにはならない」。

 「China Daily」にとっては、拒否権の行使は「グッド・ポリシー」の問題だった、なぜなら「国際社会は、シリアの危機解決を助けるいかなる試みにおいても、主権と独立、領土の統一性を尊重せねばならない」からだ。マレーシアの「New Strait Times」もこれに同意し、暴力を終わらせたいとの願いは尊いゴールだが、「シリアの国内問題は他国の割り込むべきことではない」とした。

 「Pravda」のLisa Kaprovaは、より一層好戦的だ。彼女は米国の国連大使、Susan Riceによるロシアと中国への激しい非難について、彼女は「豚の頭をしており」「邪悪だ」と呼んだ。「シリアとリビアのテロリストに、まさに武器を供給しているのは一体誰なのか?米国とその精神病質の同盟者たちだ」といって。その一日前に、「Pravda」は、Homsの虐殺が「テロリスト」によってなされた「メール・オーダーの虐殺」だとも主張した…

 「Dar Al Hayat」では、Mostafa Zeinが西欧諸国の動機について、問いを発する─彼らは本当にただ、「シリアとイランの同盟に一撃を与えること」だけを望んでいるのだと。そうして、国連が民主主義を広めようとしているとは、「もはや誰も納得させられない」という。

 スウェーデン本拠の「Asian Tribune」のS.H. Moulanaもまた懐疑的だ─もしも米国と他の西欧諸国が本当に「中東の問題の解決に関心があるのなら、なぜ彼らはイスラエルにはっきり主張し、パレスチナ人に正当な祖国を与えないのか?」、と…

 さらにまた、「the Hindu」は論じている─NATOがバックで支援したリビアでの、承認なしに(un-authorizedで)行われたMuammar Qaddafiの排除と、ワシントンによる「アサドへの執拗な退陣要求」のあとに、「西欧諸国はこの酷い、延々と続く危機の只中にあってこれまで力と影響力のある同盟国であった国々を疎外していることに関しては、自らを責めるほかは責めるものがない(the West has only itself to blame for alienating what could have been powerful and influential allies in this terrible and protracted crisis)」、と。
http://latitude.blogs.nytimes.com/2012/02/06/russia-and-china-vote-against-u-n-resolution-on-syria/?scp=2&sq=Syria%20Russia%20China%20Veto&st=cse

Government Is Said to Kill 200 in Attack in Syrian CityBy JOAN NASSIVERA
http://www.nytimes.com/2012/02/04/world/middleeast/syrian-government-said-to-kill-200-in-attack-in-homs.html

*〔註〕ミッション・クリープ:終わりの見えない展開◆本来は米軍事用語で任務を遂行する上で目標設定が明確でなく当初対象としていた範囲を拡大したり、いつ終わるか見通しが立たないまま人や物の投入を続けていかなくてはならなくなった政策を意味し批判的に使われる言葉.

Saturday, February 4, 2012

やってはだめだ、Bibi / Don’t Do It, Bibi - By ROGER COHEN


Assassination spot of a nuclear scientist in Tehran,
Iran, last month
 ワシントン・ポストのコラムに呼応して、「イスラエルのイラン攻撃間近?」という報道が…その真相とは?

イスラエルは、イランへの攻撃を準備しているのか?  - By デビッド・イグネイシャス Is Israel Preparing to Attack Iran? By David Ignatius(2/3, Washington Post)

(ブリュッセルにて)レオン・パネッタ国防長官はこのところ、あれこれ考えをめぐらせている様だ─ 国防予算のカットから、アフガニスタンでの兵力削減にいたるまで。しかし彼の最大の心配事とは、数ヶ月以内にイスラエルがイランを攻撃するのではとの可能性が拡大していることだ。

 パネッタは、4月か5月、6月にイスラエルがイラン攻撃を行うのではと強く信じている─イスラエル人らの描写によれば…イランが核爆弾製造の開始を(既成の事実と化して)「免疫ゾーン」を作る前に。それは非常に間近な事だろう、とイスラエル人らは怖れている─イラン人らは充分に精錬したウランを地下深い施設に貯蔵して武器を製造するだろうと─そうなったら、米国だけがそれを軍事的に阻止できるだろうと。

 イスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相は、イスラエルが米国が行動に出ること(それはイランが爆弾を製造しているとの諜報情報により誘発されるが、それは未だ起きていない)に運命を任せることを望んでいない。

 イスラエルの Ehud Barak国防大臣は、先月計画されていた米・イスラエルの軍事演習を延期するかときかれた際に、イスラエルの攻撃は間近になるだろうとの展望のシグナルを送っていた(それが、5月に実戦の局面へと高まる可能性があるとして)。Barakはイスラエルがこの春、毎年の恒例の軍事演習を行うためのリソースを投入できないとして、陳謝していた。

 オバマ大統領とパネッタ長官はイスラエルに対して、米国が攻撃に反対していること、そしてそれがますます成功しつつあるイランへの経済制裁や、イランに敷居を跨がせぬよう阻止している他の非軍事的努力を軌道から逸らしてしまうだろうと警告した。しかしホワイトハウスは未だに、もしもイスラエルが攻撃を行った際の米国の詳しい対応策を決めかねている。

 オバマ政権は、イスラエルによる攻撃が米国にとって何を意味するのか、を集中討議している─イランはその地域の米国の戦艦を攻撃するのか、あるいはホルムズ海峡を閉鎖するのか?その紛争はどのような影響を生じ、考えられる石油価格の暴騰は、脆弱な世界経済にどんな影響を及ぼすのか?について。

 米政権はイランが米国の資産を攻撃しない限りは(その場合は米国の強い反撃を招きうるが)、対立から距離を置くという方針を好んでいるようにみえる。米国のポリシーとは…イスラエルが単独で行動するようシグナルを送っているのだが─それは1956年に、Dwight Eisenhower大統領がイスラエルとヨーロッパ諸国の行ったスエズ運河への攻撃を非難したときに生じた不和のような状況を生じるかもしれない。現在状況を複雑にしているのは、2012年の米国大統領の中間選挙であり、そこで共和党候補らは米国のイスラエルへのより強い支持を訴えている。

 米政権の官僚たちは、テヘランがこれを誤解しないようにと警告している─米国はイスラエルへの安全保障に60年間もコミットし続けており、もしもイスラエルの人口の中心地が攻撃されたならば、米国はイスラエルの防御に回る義務を感じる可能性があるのだ、と。

 イスラエル人たちは、軍事攻撃は限定的で、抑制されたものになると信じている、と言われる。彼らはNatanzのウラン精製施設とその他のターゲットを空爆するだろう─Qomでの地下ウラン精製施設への攻撃は空からでは困難になる。イラン人たちは反撃するだろうが、イスラエルはそれが強力な一斉攻撃として…レバノンのヒズボラ軍からのロケット攻撃などを伴うことには疑念を抱いている。あるイスラエル人は(その場合)イスラエルには500人程度の犠牲者が出るのだろう、との予測を述べている。

 イスラエル人たちは、彼らが2007年にシリアの核反射炉を攻撃した際のシリア人たちの反応が鈍かったことを指摘する。イラン人たちもそのような抑制を示すかもしれない、なぜなら全面戦争になれば、彼らの政権を危険に晒すからだ。幾人かのイスラエル人もまた、イランへの攻撃を1976年のウガンダ・エンテベ(空港)での人質救出のための突入攻撃にたとえる─その攻撃は同国での政権の交代を招いたのだ。

 イスラエルの指導者らは(米国を伴わずに)彼ら単独で行動することを─そして、彼らの防衛が「アラブの春」によって脅かされている今、彼らの決意を(イラン攻撃によって)デモンストレーションすることを受け入れ、歓迎さえしていると言われる。

 「米国は我々の横に控えて、そして我々にそれをやらせてほしい」と、あるイスラエル官僚は米国にアドバイスした。「短期の戦争」というシナリオではイスラエルの限定的な5日間程度の攻撃を想定しており、それに米国の仲介による停戦が続くものと想定している。イスラエル人らは、それによる核開発プログラムへのダメージは穏やかなもので、数年以内には再度の攻撃が必要だと認識しているという。

 米政府官僚らは、イスラエルをそのような攻撃から思いとどまらせるための2つの可能性ある方法を考えている─テヘランが遂に、その核開発プログラムを平和利用のみに限定することを確実に保証する方法のシリアスな交渉にはいるか、あるいはイスラエルが軍事行動の必要性はないと決断できるよう、米国がイランの核プログラムのグレードを低下させる隠密活動をステップアップさせるか、だ。

 米政府担当者らはネタニヤフが攻撃の最終決断をしたとは考えておらず、イスラエル諜報部のトップ官僚らはその計画について未だ疑念を抱いている、と指摘している。しかし米政府のシニア官僚らはイスラエル人たちがブラフ(虚言)をいっているのではないかとも疑っている。彼らは、春頃の攻撃を恐れている─そしてそれが意図しない結果を招くことを。
http://www.washingtonpost.com/opinions/is-israel-preparing-to-attack-iran/2012/02/02/gIQANjfTkQ_story.html?tid=pm_pop

やってはだめだ、Bibi / Don't Do it, Bibi-By ロジャー・コーヘン (1/16, NYタイムス) 

(パリにて) 最近、ある在ヨーロッパの米国大使がBenjamin "Bibi" Netanyahu首相とオバマ大統領のうんざりするような関係を改善するためには何ができるだろうかと、イスラエルの大使から質問された─彼は答えた、「いつでも何かあるたびに、ありがとう、と言うことだ」

 その米国大使は、さらにいくつかの考えを付け足した。「おそらく、彼のためにあなたに何かできることがあるか、と首相に時々たずねることだ。そして何よりも、我々の中間選挙の年の政治からは距離をもつことだ」。

 その辛辣な切り返しは、いくつかの事柄にたいするオバマの怒りを反映していた─ネタニヤフがオバマの頭ごしに、共和党の牛耳る下院議会(ネタニヤフはその最愛の人だ)に対して行った振るまい、また米国が昨年、国連でのユダヤ入植地反対決議に拒否権を用い、パレスチナの一方的国家樹立の試みにも反対しイスラエルを支持したことにネタニヤフの感謝の気持ちがないこと、オバマが一期のみの大統領であると確信したネタニヤフの戦略の遅れ、そして彼が和平交渉進捗のための入植地建設の凍結も2度にわたって拒否したこと、などだ。

  私はネタニヤフに、さらにひとつのアドバイスをつけ足したい─彼がもし、機能不全にあるオバマとの関係を懸念するのなら…そして彼はそれを懸念すべきだ、なぜならイスラエル人たちは、米国は重要だと知っており、またワシントンとの関係を損ねた者を選挙で再選させることには乗り気ではない。そのアドバイスとはこうだ─この春、あるいは夏に、イランを攻撃してはならない。

 ネタニヤフは来る数ヶ月の間に、イランの不透明な核開発プログラムを後退させるため同国を攻撃したがっている─そして、先週木曜日のオバマからの電話と国防長官レオン・パネッタからのメッセージにもかかわらず、彼はイランは攻撃しないと米国に保証をすることを断った。イランと米国におけるいくつかのファクターが、ネタニヤフに近々行動にでたいと思わせている。

 最初のファクターは、イスラエルが色々な要素で「後戻りできない」状態に近づいていることだ─ウランの精製から、核弾頭に必要なメカニズムを作動させるに至るまで。石油制裁に対するイランの回答が好戦的なトーンを強めるなかで、Qum近郊のFordow地下施設でのウラン精製の開始もこれらの懸念を加速させる。

 そしてそこには米国の政治に対する計算もある。11月の米国の中間選挙の数ヶ月前にイスラエルが軍事攻撃をしたら、それはオバマを窮境におちいらせる。彼は親イスラエル・ロビーの影響力…フロリダでのユダヤ票による支持と、イスラエルによる攻撃が共和党候補(おそらくMitt Romney)からたっぷり支持票を奪うことに対して怒りを表明することはできなくなる。

 これとは対照的に、もしオバマが2期目の大統領として再選されたなら、彼はイスラエルが単独で攻撃に出たことへの不快感を表明する余地を得るだろう。なぜなら、オバマは勿論勝つだろうとの認識が拡大して、こうした考えがエルサレムでも重要性を持ってくるからだ。

 ネタニヤフはいつも、彼自身をイランと空爆の間に思い描いてきた。彼は強硬派としてドラマチックな物事が好きだ。イスラエルはそうしたことでは常に、単独行動に出てきた…2007年にシリアの核施設を爆撃したときにも。現段階で米国とイスラエルが考えているトリガー(攻撃への誘因)とは顕著なものだ…パネッタ長官は「我々がイランに引く一線とは、核兵器を開発するな、ということだ」というが、イスラエルはたとえ核兵器が製造されていなくとも後戻り不能な核開発能力保有は受け容れられない、と考えている…その落差は、危険をはらんでいる。

 イスラエルが夢見るのは、米国が空爆を彼らのために、あるいは彼らと連動して行うことだ─それはイスラエルが彼らの意図を明確にするのを拒む理由でもある。しかしイランが、ホルムズ海峡を封鎖するなどの極端な挑発を行わない限り、それは11月より前には起こりえない。

 中間選挙の年にあって米国の諜報部はイランが核兵器を製造していないと納得しており、オバマは石油価格を急騰させたりイスラム世界をさらなる反米的な怒りの発作に送り込んだりはしないだろう。彼の大統領としての地位の大半は、詳細にいうなら、戦争の回避とイスラム世界との敵対緩和によってもたらされてきたのだから。

 ネタニヤフは先週末に、彼が「初めて」イランが制裁によって少し「よろめいた」のをみたといった。しかし彼は、もしも制裁が失敗したなら米国が「軍事行動に出る」という、「明確な宣言」を求めた。そんななかで、「警官がしばしば犯罪者尋問で脅迫と同情を代わるがわるちらつかせる(*) 」ように、彼の政権の副首相は米国の制裁には失望するとの文句を述べた。 (*a good-cop-bad-cop routine)

 ここに結論がある─イスラエルが一度でも攻撃すれば、イランは怒りによって団結し、イスラム共和国を一世代にわたって外部から閉ざし、シリアの政権(に影響を及ぼし)を固定化し、微妙な変遷時期にあるアラブ世界をラディカル化させ、レバノン国境ではヒズボラに火をつけ、ハマスを炊きつけ、その地域に居る米軍を危険にさらし、テロリズムの口火を切らせ、石油価格を急騰させ、地域的に起こりうる戦争を誘発し、今ヨーロッパ諸国が石油輸入を停止しようとしているイランにライフラインを提供し、イスラエルへのアラブの復讐劇にイランをも参加させ、そしてせいぜい、イランの核開発の野望を2年ほど前の状態に戻させるだろう。

このことに、期待できると思うのか?

 米国の参謀総長のGen. Martin Dempseyは、まもなくイスラエルを訪問するだろう。ネタニヤフは彼に耳を傾けて、その指をイランにむけた引鉄からおろすべきだ─そしてイスラエルの運命はテヘランよりも、ラマラ(のパレスチナ政府)との関係に依存している、と知るべきだ。
http://www.nytimes.com/2012/01/17/opinion/cohen-dont-do-it-bibi.html?src=recg

イランが、「科学者暗殺への報復に、イスラエルのターゲットを攻撃しようとしている」とシン・ベトの長官(2/3, ザ・ガーディアン)

 イランのエージェントが、イラン人核科学者の暗殺を含む秘密作戦への報復に、世界中のイスラエル人ターゲットを攻撃しようとしている─とイスラエルの治安機関シン・ベトの長官が警告した。
Shin Bet長官Yoran Cohen
 「イスラエルが核科学者を排除したということが、真実かそうでないかはどちらでも構わない。イランのような大きな、シリアスな国がこのようなことを出来るはずがないのだ。彼らはイスラエルを阻んで、イスラエルの意志決定者がイランの科学者への攻撃命令を出す前に、それがもたらす代価を示して、再度考え直すよう迫っているのだ」─とYoran Cohenがそのレクチャーのなかで語ったと、 Haaretzはレポートした。昨年1年間に少なくとも、トルコ、アゼルバイジャン、そしてタイでの3つの攻撃(*)が、その最後の瞬間に阻止された、と彼は語った。 (*IstanbulのIsrael領事館、AzerbaijanのBaku、及びThailand )

 過去2年間にイランの4人の核科学者が暗殺されたが─イランと他の多くの国際社会の国々はそれがイスラエルのシークレットサービス、あるいはその代理機関による秘密の戦争の一環だと信じている。イスラエルは通常その治安機関シン・ベト、及びモサドの行為について沈黙のコードを守る。しかしシモン・ペレス大統領は、「私の知る限り、最近1ヶ月以内の暗殺には、わが国は関与していない」と述べた…
http://www.guardian.co.uk/world/2012/feb/03/iran-israeli-targets-retaliation-scientists?INTCMP=SRCH

*中道リベラル紙Ha'aretzのコラムニストの論調も、イランとの戦争の可能性を憂えている…
(Gideon Levyは コラム"Israelis should be afraid of their leaders, not Iran" で述べる、)"イスラエルは…この国をさらなる危険で無目的な、新たな冒険に躊躇なくさらすようなリーダーたちによって、ずっと率いられてきたのだ。我々は彼らに今、言わなければならない、"我々は怖い”─と。""意志決定権は間違った者たちの手にある。我々はもう、戦争をとめるために米国に頼ることもできない。もっと悪いことに、我々は我々の政府にこの国の船の安全な航海を任せることもできない。危険な政府をもったパレスチナ人たちとの合意の達成の機会を逃した政府に…”http://www.haaretz.com/print-edition/opinion/israelis-should-be-afraid-of-their-leaders-not-iran-1.411087

*Juan Coleは2/3のBlog(「司令官たちが、イラン戦争を阻止しようと努力している」)で、こう述べている…


- 米国の統合参謀議長 Martin Dempsey が、イスラエルはイラン攻撃したいのなら自分たちのみでやれと警告したことがリークされた… これは、パネッタ国防長官やメディアがイランのウラン精製が1,2年以内に核兵器製造に充分なレベルになると報じたことに基づくが、その情報自体が虚偽だ。イランの核施設には今週もいまだに国連査察団がおり、平和利用の核開発が軍事利用に転じられたとは確認されておらず、それは行われていない。

- ネタニヤフや、リクード党、米国のイスラエル・ロビーは必死に米国がイラン攻撃に加担することを望んでいるが、イランは脅威を示していない(米国の親イスラエル右派のシンクタンク(Washington Institute for Near East Policyや、AIPAC、WINEPなどが米政府にプレッシャーをかけようと騒いでいるだけだ)WINEPの大物Denis Rossなどが、オバマがイランを攻撃する準備をしているとの、虚偽の噂も流している。

- 民主党のキャンペーン・マネジャーのDavid Axelrodは、中間選挙シーズンにコントロール不能になりがちな戦争を起こすことは考えられない、としている。

- イスラエルの前参謀総長を含むイスラエルの退官した政府官僚らもイラン攻撃について警告し、それが招く大災厄を予告している。

- テヘランはどこの国も攻撃してはおらず、国連安保理の許可していないイランへの攻撃は、戦争犯罪となる。イランはイラクの3倍もの人口を擁する国で、それへの攻撃はイラク攻撃の3倍の費用を要することになる…
http://www.juancole.com/2012/02/the-generals-try-to-stop-an-iran-war.html


*Iran's key nuclear sites
http://www.bbc.co.uk/news/world-middle-east-11927720
Natanz - uranium enrichment

Arak - heavy water
Bushehr - reactor

Friday, February 3, 2012

"信ぜよ、されど証明せよ" Trust, but Verify - By THOMAS L. FRIEDMAN


"信ぜよ、されど証明せよ" Trust, but Verify By トーマス・L.フリードマン(1/18, NYタイムス)

 先週、私がデスクの上でであった記事のアイテムのいくつかは─イスラム原理主義者のムスリム同胞団が、アラブ世界全域での反乱による初期の「便益の享受者」として現れ出たことに対して…政策の立案に直面しているアメリカの挑戦というものを強調していた。最初のひとつは1月11日付のニュース記事だが、国務長官代理のBill Burnsがムスリム同胞団の政党の党委員長、Muhammad Morsiとカイロで会談したというものだ。そのなかでMorsiは、「米国とエジプトの関係の重要性を信じている」としながらも、「それは、バランスをとらねばならない」と語ったという。

 その2日後には、アラブ世界のメディアを追跡するMEMRI(Middle East Media Research Institute)が、ムスリム同胞団が自身のウェブサイトIkhwanonline.com.に最近、掲載していたという記事をレポートしていた。(*)そのレポートでは彼らのサイトが「ホロコーストの否定」や、「ユダヤ人の特徴とは、強欲で、搾取的で、人間社会の悪の根源である」とする反ユダヤ的モチーフを含む記事をのせていたとし…それらの記事のなかには「シオニストを殺せ」と要求したり、2011年9月11日のカイロのイスラエル大使館への攻撃を称賛しているものもあった─それらのなかには、その事件がエジプトの革命におけるランドマーク的出来事だ、と呼ぶものもあったという(*http://www.memri.org/report/en/0/0/0/0/0/0/5992.htm )

  最後に、エジプトのテレコミュニケーション業界の大立者で、新しい世俗的リベラル政党の創設者でもあるNaguib Sawiris に関するニュースがあった(*)─彼は昨年の6月に、髭面のミッキーマウスが伝統的なイスラム的な衣装(ローブ)をまとい、ミニーマウスが顔全体を覆い目だけを出しているベールをかぶった画像をTwetterで再Tweetしたことで、「宗教に対する侮蔑的行為」を行った、とされ有罪を言い渡されていた。(* http://www.bbc.co.uk/news/world-africa-16473759 )

  こうしたニュースのレポートには、2つの読み方がある。ひとつは、ムスリム同胞団とその他のイスラム原理主義者たちが、ナイーブな外国人たちに彼らが欲するようなニュースのタイトルを提供して、賢く騙しているという見方だ。もうひとつの見方とは、原理主義者たちはエジプトの新しい議会を支配して、他の政党よりもこの国の民主的体制への移行や、憲法の起草、大統領選出にいっそうの責任を負うなどとは、けっして予測はしていなかったが…彼ら自身のイデオロギーと、これらすべての新たな責任とを折り合わせる方法を見出そうとしている…というものだ。

 私の見方では、これらはおそらく両方とも本当であり得るし─本当だろう、と思う。私の気持ちでは、我々はみなエジプトの原理主義政党の台頭についての怠惰なハッピー・トーク(TVキャスターなどの楽観的な冗談のいい合い)や、怠惰な決定主義(「彼らがアラビア語のサイトで何を言っているかをみてみようじゃないか。彼らは明らかにエジプトをのっとる秘密プランを持っている」などといった…)に対しては、防衛線を張るべきなのだ。

 そのハッピー・トーク部門ではどうか、私にこんなことは言わないでほしい─トルコの与党勢力のイスラム正義と発展党(AKP)の例というものが…原理主義政党が国の権力を民主的に掌握したところで誰も何も恐れることはないことの証明だ、などということを。私にはAKPについて感嘆していることが、沢山ある(最近、テキサス州知事のRick Perry が、AKPは「イスラム・テロリスト」だと指摘したのも、ショックなほど馬鹿げている)しかし私は、AKPが選挙に負けて権力を他の政党に譲った後にだけ、それがイスラムと民主主義との調和を再確認できる例であると示したいのだ:それこそが、真のテスト(検証)なのだ。

   「エコノミスト」誌はその11月26日号で、トルコのAKP政権について、「76名前後のジャーナリストが、いまや(同政権のもとで)裁判にかけられている」と書いていた─中国におけるそれよりも多くの人数が、テロ犯罪容疑によって捉えられている…西欧諸国が気づいていないのは、トルコとはアラブの春の(体制的な民主化の)モデルとして称賛される代わりに、人権が恒常的に悪化している国なのだ、ということだ。

 米国の政策はこのような仮定を基礎とすべきだ─他の政党とも同じく、イスラム原理主義政党というものも、そのなかには穏健派や中道派、そして強硬派も含んでいる─そしてムスリム同胞団の場合は、多くの小規模なビジネスマンも含んでいるということだ。彼らが政府の責任を引き受けた際に、それらのうちのどの勢力が支配するかという問いは、未だに答えの出ていない問いだ。

  アメリカはイスラム原理主義者たちに対する、確実で、静かな、辛抱強い取り組みを提供する必要がある(そこで我々は彼らに「我々は自由で公正な選挙や、人権や女性の権利・マイノリティの権利の保護、自由主義経済や、軍の文民支配、宗教的な寛容性や、エジプトとイスラエル間の平和条約のことを信じている…こうした原則を尊重するならば我々は誰にでも助力をしよう」と告げるような)…そこでは、ナショナリストたちによる反発を容易に招いてしまう可能性はあるだろうが。

 エジプトはイランの辿ったような運命にはない、しかしムスリム同胞団は、ムスリム・バージョンのキリスト教民主主義になるということもありえないのだ。
 そこでは、進化がその途上にある─それは、とても可塑的な瞬間だ─そして、我々にとっては、イスラム原理主義者たちと信念にもとづく取引を確実におこなうことが、最も効果を生み出すための機会だ(そしてまた…イスラエルに対してはさらに、イスラム原理主義者たちはいかなるダブル・スタンダードも監視するだろう…エジプト軍に対しても)。エジプト軍もまた、彼らのエジプトでの新しい役割を模索している。彼らは国の経済的権益を守りたいとの願望と、デモ隊の市民の殺害へのいかなる告訴をも避けて、エジプトの世俗的ナショナリストの伝統的な保護者としてのステータスを維持したい、という願望のバランスをとろうと試みている。我々はエジプト軍にはトルコの軍がかつて演じたような建設的な役割を演じてもらうことが必要だ─民主主義への漸進的移行の産婆役として─彼らにはまた、パキスタン軍のようになられてはならない(それは巨大な予算を正当化する攻撃的な外交政策に殉じて、暴利をむさぼる組織機関と化しているが)

 手短かに言えば、エジプトとの交渉にはたった一人の男に電話すればよかった、というような日々は過ぎた。そこには、複数のプレーヤーたちが一週間休みなく働く、本当に…本当に…本当にソフィスティケートされた外交政策こそが要求されるのだ。
http://www.nytimes.com/2012/01/18/opinion/trust-but-verify.html
*Trust, but verifyはソビエトの諺を元に、V.Leninや、R. Reaganが使ったキャッチフレーズとか…http://en.wikipedia.org/wiki/Trust,_but_verify 

*この神経質なコラムに対して…アメリカ人読者のコメントはだいぶ冷静で、批判的なもののほうが多いようだ…
例)
D. R. Van Renen Boulder, Colorado 「Friedmanが言うように、エジプトの民主化プロセスを操作することが我々の想定されるゴールだなどと考えるのは、民主化プロセスへの軽侮であるのみならず、エジプトの国の主権を侵害している」

WH Virginia 「我々は兵士たちを皆、帰国させて、中東に関わるのをやめるべきだ。米国はもう破産しているし、世界を運営する力なんてない。Friedmanはイスラエルは米国の51番目の州だと思っているみたいだ」

tewfic el-sawy NY
「Friedmanは間違いだらけのグループ・シンク(集団思考)におちいっている。宗教保守政党だろうと世俗派政党だろうと、エジプトの政党は今、国内で余りにも多くの、解決しなければならない社会的問題、経済問題に直面している。そして彼らには時間がなく、彼らには優先順位がある。多くの机上の空論家にとっては悔しかろうが、そこではいまはイスラエルは関係ない」

Gary Misch VA
「ヘイ、トム。AKPがなぜ政権を明け渡さなければならないんだ?彼らは死ぬほど恐れている野党のリーダーシップの一部分を未だに収監していないし、それでもなお彼らには、残りの人間たちに関する終わることのない告訴と裁判が待っている。何故君はその人間たちに関して書かないんだ?」

Phyllis Kahan, Ph.D. New York, NY
「「あなたの記事の前の方であなたは、同胞団に関する悪いニュースには2つの読み方があると書いていた、つまり彼らは"ナイーブな”非・エジプト人らをオトリで釣っているのだと、そして、彼らはエジプトで多数派政党になるとは、全く予想していなかったと。この悪いニュースのなかの、特に悪質なプロパガンダに、彼らによるホロコーストの否定もふくまれると。

私が信じるに、このことの3番目の読み方とは:つまり、こうしたニュースは、単に真実を語っているだけだ、ということだ!」
…

Thursday, January 26, 2012

民主的なエジプトの船出? 象が飛ぶのを見守る Watching Elephants Fly- By Thomas Friedman

"サラフィ主義政党までもが、
25%の議席を獲得した"
The Salafists' election wins have
surprised many Egyptians

1月23日エジプトでは、60年来初の自由選挙で選ばれた、
新らしい民主的議会が船出した─

Watching Elephants Fly(象たちが飛ぶのを見守る) By トーマス・L.フリードマン(1/7, NYタイムス)

 いつの日にか私は是非、今ちょうど1周年を迎えているエジプトの民衆の反乱を論ずるジャーナリズムのコースを考えたいものだ。初回のクラスの内容は、このようになるだろう: あなたは象が飛ぶのを見たなら、常に何も言わずノートをとるべきだ。エジプトで起きた反乱とは、象が飛ぶようなものだ。誰もそれを予測しておらず、それを見たこともなかった。予測もしていなかったものがどこへ行くのかを、誰が知っているだろう?だから今は、何も言わずにとにかく口を閉ざしてノートをとることが最もスマートだ。

  もしそうするなら、あなたが最初にノートに書くことは、イスラミスト政党(原理主義政党)の党員たち…即ちムスリム同胞団やサラフィ主義のAl Nour党員たちが世俗主義政党のリベラルたちを下して、エジプトの自由議会選挙で65%の議席を獲得し、ここで実際に反乱の火花を散らしたことだ。神権主義的で反・多文化主義的、女性の権利には反対する、外国人嫌いのこうしたイスラミスト政党の傾向を懸念しないのは無謀でナイーブすぎる。しかし、この国の新たな権力の中心を争って権力を掌握した彼らの責任や、国民に雇用やクリーンな政府を提供せねばならない主要課題に激突して彼らが穏健化すると思わないなら、今日のエジプトの政治的ダイナミズムを見過ごすのも同じことだ。

 私と一緒に、水曜日に私が訪ねたカイロの赤貧地区Shubra el-Khemaの、Omar Abdel Aziz schoolのぼろぼろの校舎の女性専用投票所を訪れてみるがいい…私はそこで、最後の決選投票の様子をみていた。我々は、22歳の商業科の学生で、昨年タハリール広場でHosni Mubarakの政権を倒そうと闘った、低所得地域出身の世俗主義の若者Amr Hassanのガイドでそこを訪れていた。衝撃的だったこととは─ 票を投じた後にインタビューした女性たちが悉くムスリム同胞団かサラフィー主義者に投票した、と答えたことだ(彼女らは皆ベールを被るか、目だけをスリットから出していたが)しかし彼女らの中に、宗教的な理由で彼らに投票した、という女性はほとんどいなかった。

 多くの人が、イスラミスト政党に票を投じた理由とは、彼らがその地域に住む隣人で顔見知りの人々だったからだという…リベラルな世俗主義政党の候補者たちは一度もその地域を訪れたことがなかったという。年配の文盲の女性らのなかには、投票用紙を読めないために、子供らのいうままに候補者に票を投じた、と認めた人たちもいたが。しかし現実的に、彼女らのすべてがムスリム同胞団かサラフィストの候補者に対して、よりよい誠実な政府を期待できるがゆえ(…より多くのモスク建設や、飲酒禁止令ではなく)彼らに投票したのだと語った。

  ここに一人のエジプト女性が、なぜイスラミスト政党に投票したかのインタビューがある: 「私はムスリム同胞団が好きなのだ、彼らだけが誠実な人たちだ…私はもっとよい教育政策を望むし、きれいな空気が吸いたい。私たちには適切な医療福祉制度が必要だ… 私は、私の子供たちにきちんと教育を受けさせたい…彼らには仕事がない。ムスリム同胞団は単なるイスラミストの政党ではなくて、この国のすべての問題の解決に寄与するだろう。我々は若者がもっと働いて、昇給してもらえるようになってほしい…この国の教育は、悪化するばかりだ。私が一番怖れていることは、治安の問題だ。我々は家にいるときも怖がっている。我々は息子たちが学校と家を往復する間に誘拐されるのではないか、と怖れている」

 そんな中で私は、我々のガイドの若い革命運動家Hassanに、彼が誰に投票したのかを尋ねてみた。彼は彼の投票用紙に「SCAFを打ち倒せ」、と書いたという─SCAFとは現在国を治めるエジプト軍の評議会だ。彼は、彼のような世俗的若者たちがムバラク政権を転覆させている間に、イスラミストの政党が選挙戦に立候補し、軍の司令官たち(彼らは自分たちの保身のために、ムバラクを見捨てたのだ…)が未だに政権に留まっている状況への嫌悪感を吐き捨てるように口にした!

  そしてそこに、エジプトの今日がある─ 軍部と、上り調子のイスラミスト政党と、より小さなリベラル政党、そしてタハリール広場の世俗的な若者たちの間の、4日間の勢力争いだ。彼らのすべてが、この物語の展開の行く末について意見をいうことだろう。「我々は、新しい考え方をもつ新しいエジプト政府を望んでいる」とハッサンはいった。「自分は、必要ならばいつでも再び、タハリール広場に戻る用意がある」。


人々は物価や雇用・治安への対策を求めた
   無論、いまや誰もが一層力を得たようにも感じている。軍は武力を維持しつつ、いまや国を治めている。イスラミスト政党もリベラル主義者も共に、選挙民からの委託票を獲得した。そしてタハリール広場の世俗的な若者たちは、大衆の支持を得ていると感じている─ もの事がうまくいっていないと感じたときには、いつでも闘うために仲間を動員できる…という彼らの能力が証明されたことによって。いまやこの国の「ソファに座っている党(The Party of the Couch)」と呼ばれるサイレント・マジョリティでさえもがより一層力を得たように感じ、選挙でも多くの票を投じたのだ。


会議場へ入る議員ら
   選挙についての私のお気に入りのエピソードとは、選挙の内部オブザーバーが私に語ってくれた話だ(彼は匿名を希望しているのだが)。彼の投票所がちょうど閉まり、投票用紙の詰まった箱を投票所のワーカーたちが中央の開票所に運ぶべくバスに積みこんでいると、投票を終えたばかりの一人のエジプト人女性が叫んだという、「お願いだからその投票箱を、ひとつだけ置き去りにしたりしないで。それは私たちの未来なのだから…確実に運んで、正しい場所に置いてきてほしい」、と。

ムスリム同胞団の女性議員たち
Brotherhood's female parliamentalians

 その投票箱と、多くの平均的なエジプト人たちの手でそこに詰められたすべて希望は、この国の新たな始まりにとって確かに必要なものだ。でも、まだそれは充分ではない。この国にはリーダーが必要だ─この国のトップには、いまだに大きな真空がある─これらのすべての票を、すべての希望を引き受け、すべてのエジプト人が明らかに渇望している雇用や教育制度、司法制度や治安を生み出す戦略へと融合できるような誰かが。もしそれが起こるなら、これらの投票箱は真に、エジプトにこれまでとは違う未来をもたらすだろう。それまで私はただ、ノートをとるだけだ。
http://www.nytimes.com/2012/01/08/opinion/sunday/friedman-watching-elephants-fly.html?ref=thomaslfriedman
 *ここで触れている「ガイドの若い革命家のHassan」の言葉…若者の行った革命が軍や原理主義勢力に乗っ取られつつあるとの話は、最近「アラブの春」全般について語られがちでもある…


エジプト議会選最終結果 ムスリム同胞団系47%で第1党 (1/21, Sankei)

 エジプトの選管当局は21日、昨年11月から今年1月にかけて行われた人民議会(下院に相当、公選議席498)選の最終結果を発表、同国最大のイスラム原理主義組織ムスリム同胞団傘下の自由公正党が、全体の約47%にあたる235議席を獲得し第1党となった。
 イスラム教の原点回帰を唱えるサラフ主義政党「ヌール党」は事前の予想を大きく上回り約25%を確保して第2党に躍進。主要なイスラム政党2党だけで全議席の7割超を占める結果となった。

 世俗主義政党では、中道右派の新ワフド党が約8%、政党連合「エジプト連合」が約7%の議席にとどまった。昨年2月のムバラク政権崩壊後で初となる新議会は23日に招集され、今後は新憲法の起草に関与する。議長ポストは自由公正党が得る見通し。

http://sankei.jp.msn.com/world/news/120121/mds12012123110007-n1.htm

エジプトで最初に民主的に選ばれた議会の混沌とした門出(1/24、NYタイムス)

 (抜粋)月曜日に、エジプトで60年来初めての自由選挙で選ばれた議会のオープニング・セッションが開かれたが、ムスリム同胞団は議長選出のための討論が罵り合いに発展するなかで、デモクラシーの扱いにくさを体験して、その日のムードに水をさした。同胞団の選ぶ、彼らの屈強なる議長候補Saad el-Katatniが、対する挑戦者を'400票'対'100票以下'の大差でうち負かすまでに夕方までを要した。…「この議長選挙において意見の違いのあることが示されつつ自分が選ばれたプロセス自体が、人々のつかんだデモクラシーだ」と、el-Katatniは演説した…

 会議場の周りの道路では、ちょうど1ヶ月前に治安勢力と抵抗者たちが軍支配に抵抗して激しく衝突した印を消すために、ペンキが塗り替えられていた。しかしお昼頃には数千人の他の群集が到着し、その多くは軍の支配者たちに即座に退陣せよと叫びを上げた─ムスリム同胞団はその要求を支持してはいないが…彼らは軍が6月末に新たに選ばれるはずの大統領に権力移譲するプランを受け容れている…

 同党の100人を超すメンバーたちは、新しいリーダーたちへの応援の声を上げつつ、いかなる暴力沙汰も阻止すべく早朝から議会の外に集まっていた。カイロ市中のテレビ画面では、新政府の国営チャンネルが議会内部の様子をライブで映し出し、C-Span(*米国の議会中継TV)のエジプト版といった様相を呈した。すると、新たな立法議員たちが彼らの誓いの宣誓を終えぬうちに分裂が映し出された。タハリール広場における反・Mubarak運動のリーダーだったZiad el-Elaimyは、現在は社会民主党の議員だが、通常のエジプトの国家と憲法への誓いを述べる代わりに、革命への誓いを述べた。 サラフィストの党(25%の議席を得た第2党)の議員らの中には、イスラム法への忠誠の誓いを付け加えようとする者たちがいた…議会の最初のセッションを仕切っていたリベラル派ラフード党の81歳の最長老議員Mahmoud el Sakkaは、即興的な発言をする者たちを黙らせようと繰り返し叫んで、妨害した。

 新たな自由公正党(*ムスリム同胞団の政党)は先週、各党にわたる合意でKatatnyが議長になる事を宣言していたが、同胞団の前幹部のEssam Sultanには、異なるプランがあった。彼は1990年代半ばに同胞団とは袂を分かち、宗教と離れた新党を立ち上げて、若いグループや幾人かの改革主義者のリーダーたちといった増加する同胞団の離反者をひきつけてきた。

  こうした離反者の一人が、今はシリアスな大統領候補であるAddel Moneim Aboul Fotoughである。このところ、Sultan氏はリベラル派の各党とサラフィスト・グループをはぎ合わせ、同胞団が牛耳る議会に対抗する連合の設立努力に力を貸していた…
 ─彼はいたずらっぽい笑みを浮かべて議場に現れると、月曜日にはKatatny氏と対抗して議長に立候補する、と述べた。Sakka氏は即座に彼に黙るようにと叫び、ムバラク時代の議会ルールでは、議長が選出される前にその選出に関していかなる発言も禁じられている、という事を確認した。

 やがて同胞団の年長者であるMohamed el-Beltagyが、Sultanに対しSakkaのいうことをきくようにと叫び、同胞団メンバーらとSultanのWassat等のメンバーらが互いに罵倒しはじめた。すると幾人かの議員らのグループがSultanの弁護の側に回り、ルールや、議長の選挙を無視して討論することはエジプトの新たなデモクラシーに対する無視である、と論じた。「あなたは自由を要求し、デモクラシーについて喋っている。それはどこにある?」…同胞団に挑戦する独立派議員のYoussef el Bdryはこう述べ、彼はそれをムバラクの旧支配政党になぞらえた。最後には、Sakkaは革命の名の下にルールを曲げて、Sultanに短いスピーチを許した。そして、常に前もって運命付けられていた政治の場においてはこの60年間で初めて、少なくとも少々サスペンスのある結末が生じた…

http://www.nytimes.com/2012/01/24/world/middleeast/new-egypt-parliament-elects-islamist-from-muslim-brotherhood-as-speaker.html?sq=egypt

エジプト政治の新議会が、ラディカルな方向にシフト(1/22, Financial Times)

  (抜粋)エジプトで新たに選ばれた議会では、これまでムバラク政権下で力をふるっていた勢力が完全に一掃されて、21年間議長をつとめていたFathy Sorourがその座を去り、新たな議長Saad al Katatnyが選任された(Katatnyの所属するムスリム同胞団は、2010年11月の意図的な不正選挙によって、最近まで議会から排除されていた)。月曜日のセッションは、革命後のエジプトで初めて「不正操作なしに」選ばれた議会による、歴史的なセッションだった。

 そこではこれから先、イスラム原理主義者たちと軍の、どちらがより大きな権力を分け合うか…という情勢の不穏さを背景に─革命のなかから生まれた…より若くて冷たく冷えた、よりモダンな勢力が置き去りにされていた─ムバラク政権を倒した1月25日の革命において先頭に立っていた若い活動家たちは、水曜日の革命1周年にm軍の評議会が7月の大統領選を待たずに直ぐ政権を議会に移譲するよう要求して反対の声をあげた。─軍幹部らは、若者らを孤立させるために(そして権力移譲が、実質的にその途上にあると印象づけるために)、議会の開会セッションを1ヵ月以上も遅らせてきたのだ。

 「革命の若者同盟(the Coalition of the Youth of the Revolution)」のリーダーであるShady al-Ghazali Harbは、軍の役割と権力を規定して大統領を選出する新たな議会令によって、 軍の評議会は大きく権益を左右されると述べる。「我々は大統領の人選がイスラム原理主義者と軍の間での取引になってほしくはない。それゆえに、権力は、市民の手にあらねばならない」。「我々は議会の合法性に関しては疑問を抱いていないが、それは、彼らだけが権力移譲を支配できる、という意味ではない。議会の合法性は革命によって生まれたものであり、彼らは革命が要求するものには責任をもたねばならない」

 活動家らは、イスラム原理主義者たち(*同胞団など)が─若者グループを外国勢力の手先として中傷したり、市民に向かって武器を使用した軍評議会を非難するのに失敗したことに憤っている。同胞団は、軍の評議会を非難はしたが、自分たちが議会における主導勢力として台頭するチャンスを妨げぬよう、目だった対立を避けてきた。しかしアナリストらは、彼らと軍評議会は新たな力の分け合いに入っており、対立の可能性があるとしている…
http://www.ft.com/intl/cms/s/0/c4cd4528-44f6-11e1-a719-00144feabdc0.html?ftcamp=rss#axzz1krpBBH9y

 (*西欧の影響でアラブ諸国が民主化する?というお気に入りの題材を得たトム・フリードマンは、コラムを連続で書いていた─ 
他のコラムでも、彼はこういっている:「サウジ・アラビアやイランなどはこれまで原理主義政権が支配しつつも…豊富な石油資源があるために、国民に厳格なイスラム原理主義を強いたり、欧米に肘鉄をくらわせるかのように核開発をしたり、女性を労働力から排除しながらも、一定以上の国民の生活水準は維持して、近代化の恩恵という贅沢も享受してきた…しかしエジプトにはそんな贅沢を享受できる石油資源というものがない」。
 「…エジプトでは今後、政治化したイスラム原理主義が石油資源なしに近代化とグローバリゼーションに取組まねばならないのだとしたら、いったい何が起こるのか?それは、いまだかつてないユニークな実験になるだろう…」)

Saad Al-Katatny, who becme speaker of Egyptian Parliament

関連記事
「ムスリム同胞団」のブギーマンを恐れるなかれ
http://hummingwordiniraq.blogspot.com/2011/02/fear-not-muslim-brotherhood-boogeyman.html


Monday, January 23, 2012

影の取引が、カダフィの富と体制を助けた Shady Dealings Helped Qaddafi Build Fortune and Regime


"リビアの革命"によって、無残にも撲殺されたカダフィ大佐、彼は本当は誰に、なぜ"成敗"されてしまったのだろうか…英仏米が先導し、アラブ連盟も協力したNATO軍?欧米石油資本?反体制勢力とは本当にリビアの民衆だったのか?─2011年3月にNYTが報じたカダフィ大佐と欧米石油企業の密約の気になる記事

いかがわしい影の取引がカダフィの富と体制の維持を助けた - By エリック・リヒトブロウ、デビッド・ロード、他 (2011/3/24, NYタイムス)

 2009年、カダフィ大佐の上位の側近たちは、リビアの油田で事業活動を行っていた国際的なエネルギー企業15社の幹部を呼びつけ、異常な要求を行った─それは、彼の国がパンナム103便の撃墜(1988年の)や、その他のテロ事件において果たした役割に対して支払う15億ドルの(欧米への)賠償金を、彼ら石油企業が拠出せよ、というものだった。国務省が記録したそのミーティングの要旨によれば、リビア政府高官たちは彼らを、こう言って脅した─もしも彼ら企業が従わないなら─そのことは油田のリース事業において「深刻な結果」を招くだろう、と。

 多くの企業は、その言葉をきいて躊躇した─テロ行為の犠牲者らの遺族とリビア政府が法的な和解をすることなど想像しがたい、として。しかし、米国を本拠とする数社を含むいくつかの企業は、ビジネスを続けるための代償として、リビアの強要を受け入れるようにみえた…と、石油業界の幹部たちや米国政府の役人たちは証言し、国務省の関係書類は記している。そのエピソードや、よく似た他のエピソードが─2004年に米国がカダフィ大佐の政府との交易を再開して以降の…腐敗やキックバック(賄賂)に満ちた、力づくの戦術や政治的パトロナージュが蔓延するリビアの文化を反映していた、と政府関係者らは語る。米国やその他の国際的石油企業やテレコム企業、Contractors(契約請負業者)などはリビア市場に参入するにつれて、カダフィ大佐やその忠実な支持者らがしばしば、何百万ドルもの金を「署名料ボーナスsigning bonus」とか「コンサルタント契約料」として引き出していることや─あるいは、権力者の息子たちが、俄か仕立てのパートナーシップ契約を締結しそれらを得ていることを発見したという。「リビアのクレプトクラシー(泥棒政治)ではカダフィ・ファミリー(al-Qadhafi family)自身、もしくは彼らと親しい政治的同盟者らのいずれかが─売買したり所有し得るあらゆる価値あるのものに直接の利害をもっている」、と2009年の国務省の機密公電は(同省独自の「カダフィ」のスペリングを用いて)述べている。

 欧米諸国からの経済制裁が解除されて以来、カダフィ大佐と彼の政府が国際的企業の協力のもとに蓄積してきた富は、彼のその国での足場をさらに確固たるものにした。米国とその同盟国による軍事介入の行く末は未だ見えていないが[*本記事は2011年3月掲載]、カダフィ大佐のもつ財源(彼が軍の兵士や傭兵、支持者らに支払うため用いていると米国政府関係者が信じる数百億ドルの現金を含めて)は、彼が政権からはじき出されることを防ぐか、少なくともそのことを引き延ばしている可能性がある。同国政府がビジネスを継続したい企業を食いものにするだけでなく、リビアの銀行は明らかに…イランが近年テヘランに対する国際社会の経済制裁を尻目に巨額の金を資金洗浄することを助け、見返りに儲けのいい手数料を得ていたことも─Wikileaksの暴露した別の機密文書の中のトリポリからの公電に記されている。その公電によれば─2009年には米国の外交官が、リビア政府関係者にこうも警告したという─彼らのイランとの取引が、リビアが国際社会において強められた立場を…短期的にみこまれるビジネス上の利益の潜在的可能性ゆえに、危険に晒していると。

 経済制裁解除後の最初の5年間には─カダフィ大佐は自国の核開発能力の維持を断念し、テロリズムの断罪へと走った─多くの米国企業はリビア政府との取引に対しては消極的だった。しかし2008年に、スコットランドのロッカビーでのパンナム機撃墜におけるリビアの役割についての合意が最終的になされると、米国商務省の高官たちは自称・米国ビジネスのマッチメーカーとして働き始めた。リビアは…数年前に同国の70億ドルの国債に対する「投資の機会」の責任者だったリビア政府官僚に接近して、長期に亘ったポンジ・スキーム(ネズミ講詐欺)を企み数十億ドルの金を盗み取ったニューヨークの金融マネジャーBernard L. Madoffのお陰で、現金で潤っていた─と、国務省の2010年のエピソードの要約は語る。あるリビアの政府官僚は「我々は、それを受け取っていない」と報告しているが。

 国務省によるとカダフィ大佐は、数多くのビジネスの意志決定に個人的に関わっていた。彼は、政府が外国企業との合弁ビジネスを認可する監視機関として設立した各地方の”riqaba” councl(リカバ評議会)と共に働き、2億ドル以上の事業契約のサインは、すべて自らの手で行うと主張していた。彼はまた、もしも最近まで行われていたような経済制裁が再び課された折に、どうやって現金や投資を隠ぺいするか、を学んでいたという。カダフィ大佐と彼の家族は、彼らに忠実なリビアの部族メンバーの名義で世界中の銀行に口座を開いていたと、リビアの亡命旧王族のメンバーで、カダフィ大佐の多くのビジネス取引にも詳しいIdris Abdulla Abed Al-Senussiは語る。(そうした銀行口座のいくつかに関しては、数十億ドルの金へのアクセスが当局により禁じられた可能性もある)そして、カダフィの親類縁者は贅沢なライフスタイルを享受した─豪華な家を持ち、ハリウッドの企業に投資をし、米国のポップスターとプライベート・パーティーを催して。

  カダフィ大佐が意志決定を行わない場合、同国経済の数々の産業セクターの運営を任せられた彼の息子らの一人がそれを行った。リスク・コンサルティング会社Kroll社の業務執行幹部であるDaniel E. Karsonは、彼が代理を務めていた某国際コミュニケーション企業が2007年にリビアの携帯電話市場への参入をはかった際のあるインタビューを回想する。その当初からリビアの政府高官は彼らに対し、外国企業は独裁者の長男のMuhammad Qaddafiをローカル・ビジネスパートナーとしなければならないと明確化した。「我々はその企業に対して、彼らがすべてMuhammad Qaddafiを通さねばならないことをアドバイスした」、とKarson氏は語るが(彼は、彼のクライアント企業の名を明かすことを断った)。「これは基本的に、小売や、価格、品質、そして納品方法においても守らねばならないことだった」、カダフィ・ファミリーとのビジネスを恐れたその企業はリビアでの投資を断念した、と彼は言う。Coca-Cola社は、2005年に清涼飲料メーカーが瓶詰工場を開設した折に、その支配をめぐって対立したMuhammad Qaddafiと弟のMutassim の間の激烈な争いに巻き込まれ、武力紛争のなかで何ヶ月も工場を閉鎖せざるを得なかったと外交公電は記している。また国務省の記録によれば、イリノイ州の機械メーカーCaterpillar社は、2009年にリビアがカダフィ家支配下の国営企業とのパートナー契約を強要したため、インフラ建設プロジェクトへの機器納入の高収益の取引を閉鎖しようとしていた。抵抗を試みたCaterpillar社は、米国の外交官らが打開策を講じることに失敗した後にリビアでの事業活動を禁じられた。

  カダフィの側近らがリビアで事業展開する石油企業らにロッカビー事件の和解を命じた際には、2009年2月の国務省の公電によると、業界幹部らは「小規模な運営企業やサービス企業であるほど支払いの要求に折れるかもしれない」、との見解を表明していた。数名の業界幹部らや和解に密接に関与した者らはみな匿名を条件に、その支払いが行われたことを語るが、企業名は公表しないよう求めている。その他の企業も同国政府と金のかさむ契約を結んだ。2008年には、カリフォルニアの企業Occidental Petroleumが、リビア政府に30年契約の一部として十億ドルの「契約署名ボーナス(signing bonus)」を支払っていた。同社のスポークスマンは、長期契約における巨額なボーナスの支払いはよくあることだったとする。その前年にはカナダの石油大手Petro-Canadaも、リビアの政府高官から30年間の石油掘削ライセンスを与えられた事と引き換えに同様な10億ドルの支払いを行った事を、外交公電と同社幹部が伝えている。同社は英領 Virgin Islandsのビジネス・コンサルタントで、カダフィ一家とも親しい Jack Richardsを取引締結のローカル・エージェントとして雇ったと、カナダの新聞The Globe and Mailは報じている。Richards氏からのコメントは取れなかったが、彼はカダフィ・ファミリーのサポートを得るために、彼らを英国王室所有の土地に射撃ツアーに連れて行ったという。

 同社はまた、カダフィの息子Seif al-Islamにも言い寄った─Petro-Canada社は彼の描いた絵の展覧会のために出資した(それは美術館に展示を拒否された後、カナダの評論家たちに"ゾッとする"、"陳腐さの勝利"などと酷評されたのだが。)リビアで1億ドル以上の契約を取りつけたモントリオールのSNC-Lavalin社もまた、もう一人のカダフィの息子Saadiのために展覧会への出資を行い、彼をサッカーチームの選手として雇った。ノルウェーでは、リビアとの間に700万ドル以上の明かに違法な「コンサルタント契約」を締結した国営石油会社の幹部2人が2007年に退職し、政府の捜査を受けている。
 George W. Bush政権時にホワイトハウス高官で財務省幹部だったJuan Zarateは、2004年にビジネス取引を再開を決定したことを回顧し、その当時政府高官らはカダフィ大佐をリハビリテイト(国際社会に復帰)させることによる便益が、明らかなリスクよりまさっていると信じていたという。「それは悪魔との取引だった」、とZarate氏はいう。
  「それによる国交(やビジネスの)正常化への希望がまさっており、カダフィの中東の狂犬としての価値は低いが、ビジネス・パートナーとしての価値のほうが高かったのだ」、と彼は付け加えた。「しかし私は、これは人々の誰もが望んでいたような解決方法だったとは思わない」。
http://www.nytimes.com/2011/03/24/world/africa/24qaddafi.html?pagewanted=all

*カダフィは2011年10月下旬に反政府勢力の群集の手に落ちた。そもそもアラブ連盟諸国はなぜ、リビアへのNATO軍の武力攻撃を許可する国連決議案に賛成し、カダフィ大佐の殺害をも許したのか、民衆蜂起したリビアはなぜ国際社会の手で転覆させられたのかと─この直後に、デュポール大のアラブ系米国人の政治学者KM教授に質問してみた─KM教授は、「カダフィ大佐の、あのような無残な殺害方法はアラブ諸国の誰も許してはいなかった」としつつ、そこには次の3つの原因があったと整理してくれた:

1. ここ数年、カダフィ大佐はアラブ諸国全てに背を向けられていたこと
  (2004年以降、欧米に侵攻され体制を強引に転覆されたイラクのサダム・フセインの運命を目にして怯え…カダフィ大佐が核開発を断念、パンナム機撃墜の賠償にも急遽応じて外交政策を親欧米に転じたことへのアラブ諸国の冷ややかな目ということか)
 (3月に、アラブ連盟が「全会一致で」国連でのNATO軍によるリビア侵攻決議を支持した理由には色々の噂もあったが)  
 「確かに全会一致だったのには、何らかの(微妙な)理由もあっただろう」

2. 米国やサウジなどのグループの権益の方向にさからったこと 
 (リビアの石油利権の今後の契約先を、これまでのドイツなどのEU主要国の欧米契約企業を切って、中国・ロシアなどBRICSに移すなどと宣言していた、そのことなども含まれるのだろう)

3.そしてエジプトやチュニジアでおきた革命の余波を受けたことが第3の原因
 (それではやはり、リビアの革命は、所詮は石油の利権が第一、" It's all about oil"?)それに対する答えとは、「それも勿論あるし、その他のこともあるだろう」

 ─リビアの反政府勢力の蜂起とは、本当にリビアの民衆全体の意志だったのか?→「…それについては、リビアは広大な国なので、国内には色々な勢力もあってはっきりしたことは何ともいえない」。
 ─それで、そうした勢力には、アル・カイダの残党も混ざっていたというわけか?→「そうだろう」。
 ─チュニジアやエジプトに始まった革命の波はfacebookなどを通じた若いネット活動家に先導されてきたとも言われて、そこには米国の諜報機関に招かれて指導を受けた者もあったと報じられたが…このリビアの「革命運動」の蜂起にも米国が地下で関わっていたところがあると思うか?→「…それも勿論あっただろう。」
 KM教授の答えは明確で意外にあっさりとしていたが…通常、ネット上では陰謀論のように語られることも、話の切り口によっては 陰謀論でも何でもないように聞こえてくる。

*英国のブラウン政権下では、英国BP社がカダフィ大佐の息子サイーフ・アルイスラムと、巨額の石油、天然ガスの大口契約を結んでいたはず。英国は石油権益と引き換えに、パンナム機事件の容疑者メグラヒをもリビアに返還していた。リビアの国際社会への回帰により英国で期待されていた大きなビジネスが、米国などに簡単に無視された理由は不可解でもある(当時、メグラヒをスコットランドの刑務所からリビアに連れ帰ったサイーフは、リビアがメグラヒの行為の「責任を取ってロッカビー事件の賠償支払いを受け容れた」理由は、単純に国際社会の経済制裁を終わらせる為だったが「それは我々がその犯罪を犯したという意味ではない」と述べたとか。彼はBBCのインタビューで、ロッカビー事件の遺族らを「とても貪欲だ」と非難し、彼らが我々を脅迫することで時間を浪費するかわりにリビアの政府と協力して「同事件の背後の真犯人は誰だったかを発見すべきだ」ともいっていた…(参考記事):
Qaddafi’s Son Says Release of Lockerbie Convict Was Part of Business Negotiations


「地中海クラブ」の戦い

http://hummingwordiniraq.blogspot.com/2011/03/club-med-war-by-pepe-escobar.html
パンナム機爆破事件(1),(2)
http://hummingwordiniraq.blogspot.com/2009/09/colonel-gaddafi-with-friends-like-these.html
http://hummingwordiniraq.blogspot.com/2009/09/lockerbie-more-evidence-of-cynical.html
「US -サウジ」のリビアに関する取引が露呈…反革命の甘い匂い
http://hummingwordiniraq.blogspot.com/2011/04/sweet-smell-of-counter-revolutionby.html

Tuesday, January 17, 2012

トルコ外相ダーヴトオール、中東の紛争について警告! Turkey Warns against Sunni-Shiite Civil War in Mideast- By Juan Cole

中東で話題の仲介者ダーヴトオール─ますます不穏さを増すシリアやイランの情勢に対する彼の立場とは?
 
 
 トルコの外相、中東地域のスンニ派v.s.シーア派の争いに警告を発す(1/5, By ホアン・コール from "Informed Comment")

Ahmet Davutogluトルコ外相
  トルコの外相Davutoglu Ahmet Davutoglu ダーヴトオール・アハメット・ダーヴトオール は、水曜日(1月4日) にテヘランで、中東では複数の非武装勢力によるスンニ派対シーア派の内戦が煽られつつある、との警告を発した。この地域で対立が生じているフラッシュポイントのなかでは特に、ペルシャ湾の入り口付近でのイラン/米国間の緊張が高まっている状況だ。イランはここで10日間に及ぶ軍事演習を行い、同国には世界的な交易の重要拠点の海峡を閉鎖して、世界の石油供給の6分の1を停止させる能力がある、と警告した。
 しかしこのイランと米国の対立で語られていないことは、イランに対抗して米国がサウジアラビアとバーレーン〔共にスンニ派勢力〕をバックアップしていることだ。バーレーンでは、何万人ものサウジアラビア人、パキスタン人その他のスンニ派の人々が、この島々〔バーレーンの〕のスンニ派君主から市民権を与えられているが、その市民の58%はシーア派である。バーレーンの君主は立憲君主制を要求する人々の抗議運動を強く弾圧した。サウジアラビアは、バーレーンの王Sheikh Hamad b. Isa Al Khalifahを助けるべく1000名の兵力を送った。米国はManamaに、ペルシャ湾からの石油供給の継続を任務とする基地を有し、米海軍の第5艦隊はそこを本拠としている。

 シーア派の三角地帯 Shiite Clescent

 この週末、バーレーン内陸部のシーア派地域においていくつかの反政府集会があり、一人の女性が催涙ガス弾で死亡した。

Juan Coleによる"シーア派三角地帯"?
この地図には異論も…
  トルコ外相ダーヴトオールは彼の現在の地位を、トルコが「近隣諸国との良好な関係を維持する」という立場の堅持によって獲得してきた。この彼のポリシーが2002年以降、トルコの中東諸国との貿易額を倍増させて、その結果長らくヨーロッパの方角だけを向いてきた同国が、この地域で影響力をもつ国として再び姿をあらわしたのだ。

 トルコはスンニ派が多数を占める国であり、現在政権を握る正義と発展党(Justice and Development Party)はNaqshbandi Sufi派(イラクとシリアでの重要勢力でもある)を含む強力なスンニ派の支持基盤の票田を抱えている。しかし同政府は、現状での政治的緊張にも関わらず、(シーア派の)イランとの関係の正常化にも力を尽くしてきた。トルコはイランから重要な天然ガスを輸入しており、この両国は、2011年には前年比55%増の150億ドル以上を相互に輸入し合った。トルコは韓国とも同様に、米国が意図している対イラン経済制裁による、イラン中央銀行を通じた石油・天然ガス取引停止からの除外を求めている。イランのHalkbank(ハルク銀行)はインドによるイランの石油の購買を取り仕切っている。

 スンニ派とシーア派間の緊張は、イラクにおいても高まりつつある。水曜日にはバグダッドのシーア派地域で何件もの爆破事件があり23人が死亡した─犯人は明らかに、イラクの宗派間紛争が再燃することを意図していた。そして、同時にまた政治的危機も高まっている。(イラクの)シーア派の首相Nouri al-Maliki は、スンニ派の副大統領Tariq al-Hashimi がテロ攻撃(そのひとつはal-Maliki自身の暗殺を狙っていた)に関与していたと非難した。Al-Hashimiはクルディスタンに逃れ、彼に対するいかなる法的な処分もその地で執り行われるよう望んだ。しかし、イラクの法廷の一つは彼のバグダッドにおける出頭を求めた。彼は、al-Malikiの任命した判事らによる裁判を受けるよりも他国への亡命を望んでいるようだ。Al-Malikiによるal-Hashimiの告発により、スンニ派主流のIraqiya党は統一政府への参加を停止された。Al-Malikiは、イラクでのシーア派に対するスンニ派アラブ人の暴力が、サウジアラビアの影響を受けていると非難している。

 現在のシリアの危機にも、スンニ派対シーア派の潜在的な緊張の側面がある。水曜日には治安勢力がデモ隊に発砲を続け、全国で26人の死者が出た。その死者のうち16名は、大規模な反政府集会の催されたHomsで発生した。支配勢力・バース党の上層部の司令系統は、シーア派派の異端セクトAallawi派のメンバーによって牛耳られているのだが…しかし、反政府的な集会を催している各都市の中心部の多くはスンニ派の色が濃く、それらの勢力の組織化にはムスリム同胞団が顕著な役割を果たしている。 

 トルコは、シリア政府による反政府勢力への弾圧に強い反対の立場をとり、Aallawi派のBasharal-Asad大統領にも強く反対する立場を表明している。アナトリアにおける「正義と発展党」のスンニ派支持基盤は、Syrian National Counsil(シリア国家評議会*)への支持を誘引する顕著な勢力である。同党は、その立場を急転回した─同党は2002年にダマスカスとの関係正常化を目指して政権を握ったが、昨春、民衆蜂起の起こる前まではその目標が大いに達成されていた。トルコはシリアと年間20億ドル前後の交易を行い、レバノン、シリア、ヨルダンとの間でも自由貿易地帯(free trade zone)を設立するために作業を進めていた。 (*SNC:シリアの反政府勢力の結成した組織。前記事「シリアの影の戦争」参照)
 ダーヴトオール外相は、一方に米国とサウジアラビア、もう一方にイランを置き、この両者間の仲裁を図ろうとするだろう。米国・サウジの両国とは違い、トルコは(イランと)戦争をしたくてうずうずしている、ということはない。ダーヴトオールの中東との交易拡大という画期的戦略は、シリアとイラクでの紛争というものによって甚大な不都合を蒙っている。トルコのアラブ諸国とのトラック交易は、シリアを経由してきた。Al-Arabiya紙のアラビア語の記事では、トルコがトラックをエジプトのアレキサンドリア港(彼らはその地から、アラブ世界の何処にでも物資が輸送できる)に送ることを計画している、と報じた。しかし、船舶輸送によるコストは明らかに利益を減少させるだろう。

 トルコの交易ポリシーは近隣諸国との調和的関係に依存しているため、宗派間の紛争を抑える必要性に駆られざるをえない。イランとサウジアラビアは産油国なので、経済的な繁栄を地域的な交易に絶対的に求める必要性ははなく、それ故に、もしも互いに反目し(愚かにも)戦うことを選んだとしても、独立した行動が可能になるのだ。

 ダーヴトオールの、未だに暴露されぬその特別なミッションが何であるにせよ、彼が全般的に強調する緊張の抑制という主張以上に重要なものはない。
http://www.juancole.com/2012/01/turkey-warns-against-sunni-shiite-civil-war-in-mideast.html

*上の「シーア派三角地帯」の地図はJuan Cole教授が勝手に作ったものだといい、このblog記事には地図が不正確だとの投書も噴出、教授は「それなら自分で作ってみて」などといっている…(上記リンクに複数の読者からの投書が掲載されている)

* 昨年以来のダーヴトオール関連記事

Turkey's Davutoğlu says zero problems foreign policy successful
外相ダーヴトオール、「ゼロ・プロブレム」政策は成功した、と語る (2011/9/18, Todays Zaman)

 トルコの外相ダーヴトオールは同国の「ゼロ・プロブレム」の外交ポリシー ─同国とイスラエル間の紛争の激化とシリアでの緊張の高まりで揺り動かされているその政策─は壊れてはおらず、依然トルコの外交政策として維持されている、と述べた。ダーヴトオールの言葉は、丁度トルコの外交戦略が周辺諸国との間の目にみえる関係悪化に直面して、批判の嵐を浴びていた時に発された。ウォッチャーたちはトルコの近隣諸国との間の古びた「ゼロ・プロブレム」政策がいまや…イスラエルとの怨恨(*)や、アラブの叛乱のために同国が強いられたいくつかの不恰好な妥協のために崩れ落ちたものと評していた。その最も顕著な例はシリアだ─トルコとシリアの同盟関係は…トルコによる、シリア政権の反政府運動の市民らへの軍による弾圧を止めよとの呼びかけをシリア政権が払いのけた際に限界点(ブレーキングポイント)に達した。 (*イスラエルとの怨恨:Gaza Flotilla号事件の項参照 http://hummingwordiniraq.blogspot.com/2011/07/boat-people-some-questions-for.html 及びhttp://hummingwordiniraq.blogspot.com/2010/06/letter-from-istanbul-by-thomas-l.html)

 近隣との「ゼロ・プロブレム」政策のもとで、アンカラの政府は(これまで)そのシリアとの政治的結束を強化していた─1990には〔違法行為を犯したクルド労働党のメンバーをダマスカスのシリア政府が匿った事件により、〕同国と戦争寸前に至ったにも関わらず。シリアにおいて、トルコのRecep Tayyip Erdoğan首相は、Bashar al-Assad大統領と友好を深め、一度は敵対関係にあった隣人との間に、新たな政治的経済的繋がりをうち立てていた。しかし、Assadに抗議勢力の殺戮を停止し、改革を実施するように、と繰り返し要請した後で彼はいまや忍耐力を失った。

 ErdoğanはAssadと共に休暇をすごし、彼らの議会同士でのジョイント・ミーティングも開催、トルコはシリアの最大の交易パートナーとなり、隣人である両国間はビザなしで旅行できるようになり、そしてトルコは、シリアとイスラエル間の和平交渉における仲介役をも試みようとした。専門家たちは、近隣諸国とのゼロ・プロブレム政策とはその政権体制(regime)との間でのみ試みられたが、同体制が暴力的弾圧に出た際にはトルコはそれらとの関係を切り捨てたと評した。
 
 ダーヴトオールは日曜日にトルコのCNNキャスターとのインタビューで(国内問題が悪化中の)シリアを除いて、トルコは近隣との関係は未だに良好であると述べた。同外相によればトルコは、シリアの政権とその民衆とのどちらかを選択しなければならないが、「我々はシリアの民衆を支持する、なぜなら政権は無くなることもあるが、人々は常に残るからだ」と彼は述べた─シリアの民衆と共に立つことはトルコのゼロ・プロブレム・ポリシーの一部でもあり─誤っているとしばしば批判を受けがちなその政策は、これまでも今後も同国にとって常に正しいものだ、と。
http://www.todayszaman.com/newsDetail_getNewsById.action?load=detay&newsId=257118&link=257118


トルコは米国-イランの戦争をくい止められるか!?─トルコ外相ダーヴトオールが、緊張の高まる中でイランを訪問 By Noga Tarnopolsky (2012/1/4, Globalpost)

 トルコ外相ダーヴトオールが、彼のイランの対抗相手と「核開発に関する対話("Nuclear talks")」をすべくテヘランに飛んだ今日…この中東の動揺する両国は、困難な繋がりを確固たるものにすべく試みるだろう。レバノンのDaily Star紙は2日間の討議ではイランとシリア情勢の問題の進展など他の懸念も提起されるだろうと報じた。 
南部イランにてオマーン湾を望みつつイラン兵士が演習
 イスラエルの(イラン情勢および、後退するイスラエル・トルコ関係情勢を見守る)ウォッチャーたちは、彼の訪問は、トルコが(米国による経済制裁に服して、自国に不自由を蒙るよりもむしろ、)自らをイランとの緊張緩和を望む西欧諸国との仲介役となる可能性があると位置づけていることを示す、とみなしている。そんななかで、水曜日(イスラエルの)Ha'aretz紙は─イランのMahmood Ahmadinejahd大統領がイスラエルに、エルサレムを「ユダヤ化しようとの試み」はイスラエル自身の終焉を招くだろうと警告した、と報じた。イランにおけるトルコ-パレスチナ議員間の友好グループの会合におけるAhmadinejadの言葉は、イラン国営テレビによって放映されたが─彼は「宗教や、神に対してすら何の信念ももたないシオニストたちが、いまや敬虔さを主張して、神聖なるQuds(El-Qudsはエルサレムのアラビア語名)のイスラムとしてのアイデンティティを奪い去ろうとしている」と述べた。イランの大統領は、「このばかげた動きは実際に、抑圧的な植民地の警察勢力の継続であり、それはシオニストの政権を守り得ないだけでなく、その存在を終わりに近づけるだろう」とも付け加えた。イランの公営ニュース通信社IRNAは、Ahmadinejadがさらに「パレスチナ問題はこの地域の主要問題で、全世界と誰しもにとって無視できないものだ」と語った、と伝えた(後略)
http://www.globalpost.com/dispatch/news/regions/europe/turkey/120104/can-turkey-prevent-us-war-iran

アハメット・ダーヴトオール:地域のパワーブローカーなのか?独裁者の仲介役なのか?─トルコ外相は、アラブの民衆の蜂起のなかで無力化し苦闘する─(2011/6/8、The Guardian)

 近年、トルコ外相のアハメット・ダーヴトオールは、彼の近隣諸国との「ゼロ・プロブレム」政策においては、称賛と侮蔑の両方をほとんど同じ程度に受けてきた。 しかしトルコが…<大統領Bashar al-Assadがトルコ政府からの改革への要求を無視している>シリアから到来する大量の難民の受け入れを準備する間に─ ウォッチャーたちはシリアと中東全域で生じる民衆蜂起がトルコのセルフ・イメージを汚して、地域のパワーブローカーのように見せはじめた、と論じている。

 外相ダーヴトオールはシリア、リビア、イランの政権を誘引すべく使節を送り、また同様にハマス、ヒズボラ、その他…伝統的に欧米の外交官たちにとっては石の壁に隔たれ接近が困難なグループに対しても使節団を送った。しかしカダフィやアサドの如き独裁者がトルコに鼻面を押し込んでいることは、トルコの外交オフィスの無策さを露呈している、とイスタンブールのEuropean Stability Initiative代表、Gerald Knausは述べた。「最近の出来事は、トルコのその外交への自負心を相対化した。彼らがこうした政権と個人的繋がりを作ろうとしたすべての努力は彼らに彼らの望んだようなレバレッジを与えなかった」、とKnausは言う。「トルコは、その仲介外交に自己過信しすぎた」と、イスタンブールのBahcesehir大学のEU研究の教授Cengiz Aktarはのべる。「しかしその方法は初めから間違っていた。我々は歴史による教訓として、独裁者に改革を促すのは無理と知っていたはずだ」

 しかしシリアからのトルコへの洪水のごとき難民の流れは、昨年、両国の間のビザを不要にしたことの賢明さをあらわしているとKnausは言う。「トルコはムスリム国家がいかなる発展を実現できるかの力強い一例だ。もしもシリア人がトルコを訪れたなら、彼らはそこに代替手段を見るだろう、それは、グローバリゼーションは良きものと信じるイスラム教徒の首相がラディカルに経済を改革できた、との実例なのだ」日曜日の、トルコの現首相Recep Tayyip Erdoganについての世論調査では、彼はたやすく3選されそうだという。「人々はイスラム教国で、デモクラシーが可能なことを見たのだ」、とKnausは言う。

  アンカラの与党AKPの某政府担当者が個人的に語った事によれば、Erdogan政権の内部でも次に何をにすべきかで意見が分かれているという。「彼らは即興的に政策を決めている」、とKnausはいう。今後トルコはシリアの難民を歓迎する。「我々にとっては国境の閉鎖は問題外だ。我々は状況を大いなる関心を持ってみている」、とErdoganは水曜日に語った。彼はAssadに直ちに改革を実行するよう要求した。「それが市民たちを納得させる」と。Assadが聞く耳を持たず拒否したにも関わらず、首相のチーフアドバイザーのIbrahim Klainは、政府の政策は失敗ではないと述べる。「多くのアラブ世界の人々が、トルコをインスピレーションとしてみている」と、彼は言い、彼らは最近Tahir広場で活躍したエジプトの若者たちを国内にホストとして招待し、シリアの反政府グループの2つの会合をもホストしたと述べた。

 政府はシリアの改革政権を指導する明確な意思がある。シリアのクルド人少数派に一層の権利を認める新政権は、トルコの世俗政権や軍とはうまくいかないだろう〔彼らは推定1400万人のトルコ国内のクルド人に、母国語を使う全面的自由または自治権を与えることに消極的である〕。彼らは既に、米国が北部イラクでクルド人に顕著な自治権を認めたことで、高揚状態にある。〔中略〕

  トルコにおける大きな変化によって、彼らはその熾烈な過去と地の利を、足枷ではなく恩寵として受け止めつつある、とKalinはいう。「長らくトルコの政策立案者たちはその歴史と地理的条件を大きな問題と捉えてきた。人々はいつも、「我々は世界の最も難しいパートに位置する。我々は常にあらゆる紛争に取り巻かれてきた」といっていた。いまや我々は、この地理的位置を戦略的な資産だと思っている」(後略)
http://www.guardian.co.uk/world/2011/jun/08/ahmet-davutoglu-turkey-foreign

テヘランでイラン外相Ali Akbar Salehi (左)と
会見したAhmet Davutoglu