Tuesday, January 18, 2011

共存の夢を失いつつあるレバノン  Is There No Place for People Like Me in Lebanon?- The delusion of co-existence in a sect-based country


レバノンには、私のような人間の住む処はもうないのか?
─セクト主義の国での共存、という妄想─

By Hanin Ghaddar (1/13、Slate.com)

  レバノンの政府は崩壊した。ヒズボラが組織した策略によって11人の野党出身の閣僚が辞職し、レバノンは行方のまったく見えない新段階におちいった。誰もが、国連レバノン特別法廷による告訴の手続を待っていたが、陰鬱なシナリオについての終わりのない討論があるばかりだ。未来とはより一層、分裂した、不確実なものでしかない。

 全てのレバノン人が唯一、分かち合っているものは怖れでしかない。シーア派は、イスラエルがこの機会を利用して、ヒズボラを再び討つのではないか、と怖れている。彼らのリーダーだった前首相Rafik Haririを2005年2月の暗殺によって失ったスンニ派は、ヒズボラが正義が遂行されることを許すことはないだろう、と怖れている。そして、政治的に2派に分かれたキリスト教徒は、それぞれがレバノンでの役割や、その存在の継続について苦悩している。

 キリスト教徒たちは、イラクやエジプトや中東の他の地域で彼らが攻撃のターゲットにされ、またヒズボラがイランの資金を使ってキリスト教徒地域の広大な土地を購入している、とも伝えられるために、より怖れを強めている。

 レバノン人であるなら、キリスト教徒かスンニ派かシーア派であらねばならない。さもなくばこの国に属している気はしないだろう。あなたには何の権利もなくなる。宗派的なコミュニティだけがあなたを保護し、そしてその見返りとして、あなたは全てのレベルで、それに忠誠を誓わねばならない: 政治的に、社会的に、そして、もしも要求されたならその宗教的制度に対しても。

 それがアウトサイダーだ、と感じずにいるために必要なことだ。もしもあなたが、世俗的なレバノン人になろうと試したいならば、それもできる。それは難しいけれども不可能ではない。

 私はかなり前に、ごく私的なレベルにおいて世俗主義を奉じようと決意した。しかし、レバノンの新しい代議士、Boutros Harbの提出した法案を読んで以来、私は元の箱の中に戻りたいと思うようになった:それは、シーア派教徒という箱にだ。Harbの法案は、キリスト教徒とイスラム教徒の間での土地や不動産の売買を15年間禁じるというものだったのだ。

 無論その法律は、私に個人的に向けられたものではなかったし、私はHarbが法案を提出した動機を理解できた。レバノンのキリスト教徒として彼は怖れていた、彼の法案は、彼の属するコミュニティが抱える、確かな怖れを反映していた。(Harbの提起した法案は成立するとは思われなかった。たとえそれが次の閣議で議題に上ったとしても─それが何時のことになろうと─レバノンの多数派の政治家たちは反対すると思われた; ヒズボラはそうするに違いないのだ。それでも、それはキリスト教徒のコミュニティの絶望と、レバノンにおける全般的な傾向を反映していた)

 たった今この地域には、相手を追放し、寛容性を捨て去ろうというムードがある。それが今、イラクやエジプトで起こっているのを我々は目にしているし、イスラム世界全域で高まるスンニ派とシーア派の争いがスーダンを分裂させたり、イエメンの統一を崩そうとしているのを見る。

 Harbは、ヒズボラが土地を買うことによって国の人口構成の状態が変わり、キリスト教徒は家を放棄させられ、ひいては国を棄てねばならぬ事になる可能性を懸念している。彼の怖れは正しいが、Harbや、他のレバノンのキリスト教徒やスンニ派リーダーたちはなぜ、南部の土地が売り払われて空っぽになりつつあることに気づかないのだろう?

 私は南部で生まれ、そこに18歳まで住んでいた。私は今、その地方に行くと、昔とはまるで違う土地に居る異国人のように感じる。その土地は色を失い、人々は微笑み方を忘れてしまった。

 若いシーア派の男たちには若いキリスト教徒の男たちと同様に、この国から出ようと試みる理由がある。彼らは、きちんとした仕事と安全が欲しいのだ。レバノンの全ての人はシーア派の人々に対しギブアップし、彼らをヒズボラの手に委ねたようにみえる。好むと好まざるとに関わらず、シーア派にとってはヒズボラだけがサービスを提供してくれ、利益を守ってくれる存在となった。

 レバノンのキリスト教徒がどんどん減少していることは確かだ… 彼らの多くはすでに国を出たが、Harbの法案はあとに残るキリスト教徒の問題を解決しはしない。キリスト教徒の問題とは、法律的な問題ではない、そしてそれは、全てのレバノン人が直面しているのと同じ問題: つまりヒズボラの武力とイランの金という脅威の問題だ。

 レバノンに世俗的な市民社会をいまだに夢見ている世俗的なレバノン市民もまた、もしもHarbの法案が通ったなら、犠牲にされるだろう。ある点において私のような人々はおそらく、国を出た方がいいと感じることだろう─世俗的な個人を受け容れることのできないこの国のシステムにより、より一層疎外される危険性を冒すよりは。

 10年前に私は、マロン派のキリスト教徒と結婚した。我々はフランスで民事婚(civil marriage)をしたのだが、数年後に我々はベイルートのキリスト教徒地区である、Achrafiehに家を買った。その後、我々には息子が生まれ、彼はレバノンの慣習により、自動的に父親と同じくキリスト教徒と認定された。

 この10年間にレバノンは政治的なラインにそって分裂した: 「3月14日連合」と、「5月8日連合」だ。個人的にもジャーナリストとしても、3月14日連合の理念を支持するシーア派として、私はただちに反ヒズボラ派のレッテルを貼られた。

 私のような人間─ 世俗的レバノン人で/独立的なシーア派教徒─ は、レバノンの国家からは決して信用されないマイノリティであり、我々はどこに行ってもアウトサイダーであるように感じる。私自身の(シーア派の)コミュニティのなかでも私はアウトサイダーとみられる、そして、私の住むキリスト教地域では私は異国人のような気がする。あなたの祖国があなたを拒絶していると感じるのは、フェアなことだろうか?

 レバノンの(宗派や民族ごとの)セクトに基づいた法制度では、異なる宗教の信者の土地を相続することはできない。それゆえ、マロン派キリスト教徒である私の息子は私から相続ができない。たった一つの解決法は、私の資産を記号的(symbolic)な価格で私の息子に売ることを通じ、私が彼にそれを譲渡できるようにすることだ。もしもHarbの法案が通ったなら、それすらも不可能になる。私の息子は私からは何も相続できない。

 Harbの提案は、怖れの時のなかから出現したが、怖れというものは人々を、彼ら自身のコミュニティに引き戻すことができる ─特にレバノンのような国…つまり国ではなく所属するセクトが、人々の出自の第1のポイントになる国では。しかし、これは解決にならない。唯一の解決とは、レバノン人として団結すること─つまり2005年の3月に我々がCedar Revolution(レバノン杉革命)を始めたときのように、そしてあの時、我々がなぜ、どうやってあんなに強くなったと感じたかを思い出そうと試みるべきだ。

 我々は、レバノン市民としてそのなかで共にあると感じていたから、強くなれた。我々は強かった、なぜなら、我々は民主的で自由でモダンな国の夢を実現できる、と信じたからだ。我々がキリスト教徒やスンニ派、シーア派になりはじめた瞬間に我々は、その我々の夢を失ってしまった。 (*写真はSaad Hariri首相)


1/12にレバノン内閣のヒズボラ閣僚達は辞職したが、Rafik Hariri暗殺事件を裁く特別法廷においては、告訴が提出された。
http://news.yahoo.com/s/afp/20110118/wl_mideast_afp/lebanontribunalpoliticscharges_20110118094315