Sunday, April 3, 2011

バラク・オバマは「隠れスイス人」なのか?Is Barack Obama Secretly Swiss?- By Christopher Hitchens


国連諸国による、対リビアの「飛行禁止区域」作戦への決議においてオバマ政権の態度は曖昧で後ろ手に回っていたと批判されたが


バラク・オバマは、「隠れスイス人」なのか?Is Barack Obama Secretly Swiss? By クリストファー・ヒッチンズ(2/25, Slate.com)
 
 それがどんなに意地悪な恨みがましい言い方であっても─共和党の新たな下院議長さえ今や、大統領はハワイ生まれで、一種のキリスト教徒だということに対して譲歩した。だからもう、この議論に関してはすべて終わるよう望もうではないか。もっと切迫した質問が今や、出しゃばりながらその姿を現しているのだ:バラク・オバマは、隠れスイス人なのか?という…

 私が、何を言いたいのかを説明させてほしい。中東の専制君主(*ムバラク)は今や、彼の権力の時がすっかり、本当に終わったということを知った。彼はそのことについて─ 彼のチューリッヒやジュネーブの銀行業者が、彼からの送金の受容れや秘密連絡への返答も止める代わりに、彼の資産を「凍結」し始め、その資産の規模や所在を彼が長年食い物にしてきた国の捜査官たちに暴露し始めた─そのときに知った。そして、まさにその瞬間に米国政府もまた、くだんの預金者のことを、正しく選ばれた国家元首であるとこれ以上認めないと宣言した。しかし時としてこの協調行動には、幾分かの「みすぼらしさ」がある。CIA長官のレオン・パネッタは、ホスニ・ムバラクが退陣することを、実際にそれが起きる1日前に米国議会で証言した。しかしCIAのすべてのご愛嬌とは、この機密情報収集が常に、すでに一般大衆に広まっている認識よりも何ビートか後れを取るという事実だ。一般的にはしかし、ホワイトハウスと国務省は彼らのストップウォッチをもっていて、スイスの座標に合わせたリアクションを見せる。

  それは単に公表された声明とシンクロして行われるだけではない。オバマ政権もまた、世界情勢における米国の重みが、スイスのそれと大体同じであるかのように振舞う。我々は事の進展を待つ。我々は用心深さを要求し、また抑制すらも求める。我々は国際的なコンセンサス形成を期待する。そして、スイスの銀行家たちがその乗り馬を替える方法には何か軽蔑すべきものがあるゆえに、ワシントンの政権がその影響を蒙るという状況のなかにも─そしておそらく、それがアメリカの無能さの体現に寄与するなかにも─何か軽蔑にあたいするものがみえてしまう。そのことを除けば、スイスには少なくとも冷笑的態度に徹するという言いわけがあるのだが、アメリカのポリシーはどうやらやっと、冷笑的でもあるがナイーブでもある、という状況に至る。

  このことは特にまた、リビアのケースでも明白となっている。何週間にもわたって政権はエジプトに関してためらいを続け、そしてその行動を─腐臭を放つ古い友人・自らの有効期限を越えて長生きをしすぎた同盟者と関わりつづけるのは困難だとの根拠に基づき─ 最も値の低く、動きの鈍い公分母のもとに修正し続けた。しかしその後に、Muammar Qaddafiの出番がきた…オールラウンドな悪臭を放つ厄介者というだけでなく、さらに長期的な敵として─かくして政権のためらいが、全面的に再開した。2月23日の水曜までには大統領が気持ちを和らげる(鎮静剤的な)発言をしたが、一般的にある「暴力」を非難しつつも、特にカダフィの名前を挙げなかった─世界中のすべての政治家や女性政治家たちがそれを口にしていたが、オバマだけは口にしなかった。そして彼の沈黙は打ち破る価値すらもなかった。彼女自身による数語の言葉をようやく口にしたヒラリー・クリントン国務長官の言葉を木霊のように繰り返しつつ、彼はただ、必要なものは国際社会の一致した意見であると、強調した─まるで、完全な統一見解がなければ何ひとつできないか、あるいはその試みすらできないかのように。そのことは残る全てのカダフィの同盟国たちに、自動的に拒否権行使(決議否認)をもたらした。それはまたアメリカの意見は、たとえばスイスなどの意見と比べてさえ最早、聞くに値しない、といった印象も強調した。クリントン長官はその後、他でもないジュネーブに派遣され、そこで国連人権委員会と会合を持った─すでにカダフィがメンバー国であることで絶望的に汚され、馬鹿げた実体と化していた委員会に。

 オバマの空虚なスピーチがなされたその時までに、寛大さで知られるアラブ連盟はリビアの加盟を保留にし、またカダフィ政権の数人の上級外交官らは、勇敢にもカダフィから離反した。彼らのうちの1人でニューヨークをベースにする人物は、(カダフィによる)市民に対する戦闘機の使用について警告し「飛行禁止区域」の設定を求めた。他の者たちは、航空機がカダフィの側にフレッシュな傭兵を運んでくることも指摘した。地中海では、米国は第6艦隊を展開させており、それはカダフィの空軍を難なく飛行禁止にする(地上に押しとどめる)ことも可能だった。しかし、待て!我々は今だにスイスの海軍本部から連絡を受けていない、彼らからのインプットなしにそれを遂行すれば、必ずや無分別だとみられるのだ。

 明らかにオバマ政権は、自らに関する次のような非難に対して少しは敏感になった: … a)再び、完全に不意打ちを食らった、b)明かに自分身のポリシーを持たない、 c)モラル的に中性的である… そして、その全ての弱々しさの形を最大化したような議論を持ち出した。もしも我々がより堅固な、またはもっと識別可能な立場をとっていたならば、我々のリビアでの外交スタッフは危険に晒されていたかもしれない、とも論じられた。言い換えれば我々は彼らが、もうすでに人質にとられているかのように振るまおうと決意したのだ。もっと力の弱い諸国の政府の多く─リビアにある外国大使館の数と同じぐらいに膨大な在留外国人の人口も擁する国々の─ は既にカダフィの犯罪的行動について非難し、そしてEUは制裁をも検討していたが、しかしアメリカ(火曜日までにそのスタッフを国外退避させるための船すらチャーターしていなかった)はまるで、カダフィ大佐に不本意ながらも拘束された囚人のように振舞うのを余儀ないと感じていた。私はこれまでの先例として、このような感傷的などんな「ドクトリン」があったかも直ぐに思いだせないが、しかしこのことがいかに将来、時間を稼ごうとするならず者国家にとって有用な先例を作ったかはたやすく見て取れる。我々を一人にして欲しい─ あなたの声すら上げないで欲しい─ そうしなければ、我々はあなたの国の大使館の安全性すらも、保証できない─(NATOの同盟国がカダフィに、明白にこう告げることは、今、 行なっても早すぎることではないのだ:「彼がもしそれを試みたならば彼は彼の王位を、また今にも倒れそうな彼の軍隊と、おそらく彼の価値のない生命をすべて1日の午後のうちに失うだろう」、と)

 政府が、カダフィとその酷い息子たちに個人支配されたリビアとその民衆というものの継続を含む未来図をシリアスに思い描いたりしないのなら、それは純然たる、慎重さとリアルポリティークの問題だ─ それと逆の状況を想定させるような政策をとるためにも、原理原則などについて何も言うことはない、ということだ。リビアとは ─人口と地理の面からみれば─ 主に海岸国だ。アメリカには同盟国があろうとなかろうと、空軍力と、隣接海域での軍事力では誰にも引けを取らない。アメリカには人道援助物資と医療援助物資の大規模な航空機輸送と海上での輸送が可能で、それはじきにエジプトとチュニジアの国境沿いで必要になるだろうが、そしてそれは夢に見られたことすらない善意(グッドウィル)を買うことができるだろう。この国は、カイロとチュニスで起きた出来事における、ポイントの定まらない遅滞ぶりによる信用の失墜を埋め合わせるチャンスを得るだろう。この国はまた少なくとも、素晴らしいテーマにおいて偉大なスピーチのできる能力を示した大統領を持っている。しかしその代わりに、革命が決定された日々、重要なその形成期の日々のなかにおいては、我々は無駄なわめき声をあげるカッコー時計に耐え忍ばねばならなかった。
http://www.slate.com/id/2286522/