Sunday, October 25, 2009

8月のバグダッドの爆破事件は誰の仕業か?/Whodunnit in Baghdad - By Juan Cole

10月25日、バグダッドの中心で再び、
大きな爆破テロ事件が起こった──
8月19日の省庁爆破の犯人すらも
判明して居ないのに。

Whodunnit in Baghdad バグダッドでそれを行ったのは誰だ?- By Juan Cole (8/20、Informed Comment、〔抜粋〕)

 水曜日のバグダッドでの無残な爆破テロの背後には誰がいたのか…に関して、ニュースメディアや、インターネットの全域では、推測が飛び交っていた─
 イラク議会の治安委員会の議長代行、Ammar Tu'mahは、政府がこれらの攻撃を阻止できなかったのは、各治安勢力やユニットが協力関係を欠き、情報をシェアできなかったためだと非難した。彼のいうように、防衛省と内務省は違った政治的な色合いが強く…誰が数多くの諜報機関の誰に報告するかも明確でなかった。しかし本当の疑問とは、誰が何のためにこのようなテロを実行したのか、の問題だ…

バグダッドのスンニ派アラブ人アナリストの推測(Aljazseeraアラビア語版のInterview):

 このアナリストは、この爆破テロはMaliki首相の行為に反発する者の仕業だとする…Malikiのダワ党〔Islamic Mission (Da'wa)Party〕が、シーア派連合の統一イラク連合〔United Iraqi Alliance〕から脱退するとみられたなかで、彼に切り捨てられるのでは、と感じた不満分子が起こしたのだろう、と推測する。〔すなわち、統一イラク連合の主要構成メンバーの一つのSadr派か、ハキム派ISCI(Islamic Supreme Council of Iraq…)などの関与を暗に示唆していた…〕 最近の首都バグダッドでの銀行強盗事件に、ISCI武装兵士が関与していたことや、Sadr派の分裂グループAsa'ib Ahl al-Haqqの起こしたバスラでの反連合軍のテロなどは、そうした推測にやや現実味をもたらすのだが…

アラビア語紙Al-Hayatの推測:
 …上記と対照的な推測は、Iraqi List(前首相Ayad Allawiの率いるナショナリスト党派)が、イランが爆弾を供給したと糾弾しているものだ、とal-Hayat紙はいう。Allawiは議会の275議席中の25議席を占める彼の党に脱退者が多く、分裂の一歩手前にあり、絶望的になっていたという。同党のメンバーは、彼が高圧的すぎて他人の意見を全く聞かず、イラン政府との会談を勝手に決めたという。Allawiは、来る1月の選挙で勝利するためにテヘランと近づこうとして、同国のayatollahにすげなく断られた…これにヒステリックに立腹した彼が党内での支持を得るためにイランを糾弾した、という…

al-Zaman紙の推測:
スンニ派アラブ人のナショナリスト・メディア、al-Zamanは、イランの革命防衛隊のJerusalem brigade(エルサレム旅団)の仕業だというが、これはジャーナリズムとしての裏づけの証拠が何もない、ショッキングな推察記事にすぎないといえる。

 …だが私はこう反論したい。イラクの閣僚や政治家たちはこのように長い間、各党派が力を集中するための道具として、利用されてきたのだ。イラクの財務省は、長らくISCI の活動家のBayan Jabr Sulaghが率いていて、同省職員たちはISCIからの引抜きが多かった。一方、クルド民主党のHoshyar Zebari率いる外務省は、誰の目でみても、クルド人に特別な仕事の機会を与えていた。そして教育省は、ダワ党〔the Islamic Mission Party (Da'wa)- Iraq Organization〕 (al-Maliki の所属するシーア派原理主義党と同じ党の支流)の議員、Khudayr al-Khuzaiに率いられていた。 そのため爆破ゲリラたちは、中央政府のみならず、こうした各省を操る党派に制裁を加えるという目的があったのにちがいない。

  でもISCI がそれ自身の操る財務省を爆破するのはありえない。イランはISCI に近い関係があり、クルド人にも近い。そして我々は実のところ、誰が ISCI、Islamic Mission Party(ダワ党)、そしてクルド民主党の3者すべてを憎んでいるかを知っている…それはスンニ派アラブ人ゲリラたちだ…─それがバース党であろうと過激な原理主義者だろうと。だから、スンニ派アラブのアナリストの陰謀説は説得性がないし、Allawiのグループやal-Zamanの推測にもまた真実性がない。

  Al-Hayat紙によると、イラク政府は「バース党とアル・カイダの連合組織」を犯人として訴えているようだ。しかしテロリストのセルはそのようには動かないものだ。6つのコーディネートされた爆破テロには、セル同士の細密で硬い結束と、親密な指令系統、コントロール系統が必要だ。つまりこれは2つの組織のどれか一方によるものだろう。軍事的な熟練度と作戦遂行の精密さをもってしても、私は旧バース党のオフィサーたちが関与しているとは思えない…彼らの現在でのイデオロギーはどうあろうと、また彼らが世俗的だろうとなかろうと。

 また、財務省と外務省の爆破は、爆破の規模や死傷者の数でも最大のものだった点でみても、これは先週の北部イラクのスンニ派アラブ人都市Mosulの郊外の2つのクルド人の村、ShabakとYazidi で起きた爆破事件の継続なのだろう。Mosulはアラブ・ナショナリズムや、バース党主義、スンニ派原理主義などの中心地だ。

Ilaf紙は私と同様に推測する:
 Ilaf紙は─これらの爆破テロは、スンニ派アラブ人のコミュニティが、シーア派とクルド人が支配する現イラク政府と和解していないことの証明だろう、という。 この問題は、分州制や民主主義で解決できることではない、と同紙はいう。スンニ派のアラブ人はいかなる国土分割(たとえ緩い分割であろうと)からも利益しない、なぜなら彼らの地域に開発済みの天然資源がないから、そして議会はシーア派多数派の支配するたったひとつの議会場のある議会しか作らない。 それゆえ私が示唆したようにこの爆破事件が旧バース党や新バース党員、あるいはスンニ派アラブのナショナリスト全般の手によるものだというのは賛成できない。現在あまりに多くのバース党オフィサーやリーダーたちがダマスカスに亡命し、そこに隠遁している.
 
 Al-Watan [The Nation]紙も伝えているが、イラクのal-Maliki首相は今週初めに、シリアを訪問していた。彼はその訪問中、シリアのバシル・アサド大統領にシリアに潜伏している筈のイラクの指名手配犯のリストを手渡していた(その多くはバース党の役人か、旧サダム政権の役人たちだ)それと引き換えに彼は、シリアに対し経済振興策の提案を行った─たとえば、イラクの原油を譲歩価格で売るといったことだ。またイラクの治安担当者も、ダマスカスでシリア人と米国側の担当者と会い、彼らと国境の治安改善について話し合っていた─ (後略) http://www.juancole.com/2009/08/whodunnit-in-baghdad.html

★イラクのイランとの内情について、D. Ignatiusが 興味ぶかいコラムを書いた。
…彼には、イラク諜報部と個人的なコネがあるのだろうか?

Iraq's Iran Connection -Behind the Carnage in Baghdad -
バグダッドの大虐殺の陰に… By David Ignatius (8/25, WashingtonPost)  

 バグダッドの治安が悪化するにつれて、そこにまた新たな心配の種が生じている: 米国が訓練してきたイラクの国家諜報機関・INIS 〔Iraqi National Intelligence Service 〕の長官が、Nouri al-Maliki首相との間の長い口論をつづけた末に、辞職してしまった──これによって同国から宗派間テロと対決してきたそのリーダーが奪われた。

 2004年以来、イラクの諜報部門の長官を務めていたGen. Mohammed Shahwaniは、今月辞職した…その理由は、Maliki首相が彼の組織の努力をないがしろにし、イランのスパイたちに活動の自由を与えた、と彼が考えたからだ。Shahwaniが1990年代に国外亡命していた際に何百万ドルもの金をINISメンバーのトレーニングに費やすために密接に協力していたCIAは、彼の辞職に明らかに驚いているという。

 Shahwaniの辞職をうながしたイラクの混乱の状況は、最近の数件の出来事に彩られている──米国によるサポートの増強なくしては、イラクの権力者たちは圧力に対して絶望的なほど弱く、特に隣国イランの圧力には弱い、ということをそれらの事件は示唆した。

 先般、それに関する警告となったのは、7月28日にバグダッド中心部で起きた、国営銀行Rafidain Bankへの明らかにイラクの治安部隊メンバーによる厚かましい強盗事件だ。ガンマンたちは銀行に押し入り、約5,600万イラク・ディナール(約5 百万米ドル)を盗んだ。戦闘の末に8人が死亡、強盗たちは副大統領の一人、Adel Abdul Mahdiの経営する新聞社に逃げ込んだ。  一時期は米国のお気に入りだったこともあるAdel Abdul Mahdiは、泥棒の一人が彼の護衛隊の一人だと認めたが、個人的な関与は否定した、とイラク紙はいっている。盗金の一部はとり戻されたが、残りは何人かの強盗メンバーと一緒にイランに運ばれたと考えられている。

 Shahwaniの2つ目の懸念は、彼の組織での6,000名を数える職員に対する脅迫だ。Malikiの政府は180人のイラク人諜報職員に逮捕状を出したのだ──その罪状への訴えとは、Shahwaniによれば、彼が彼の仕事を遂行していることに対する政治的な反撃だという。INISは2004年に正式に設立されたが、その職員の多くはイランの諜報組織のターゲットにされ290名が殺害された。

 Shahwaniの辞職により、同諜報機関の長官は前のSaddam Husseinの空軍のパイロットだったGen.Zuheir Fadelに引き継がれた。しかし、Fadelの主要な部下たちは安全のため、ヨルダンやエジプト、シリアに逃亡したといわれる─イラクに残った場合に、イランの暗殺部隊のターゲットとされる事を怖れて。

 イラクの秩序の破壊は、100人の死者と500人の負傷者を出した8月19日のトラック爆弾による財務省、その他の省庁機関の爆破で最も劇的なものに達した。ここで再び、政府の治安部隊がテロリストを援助していた可能性がみえる。

 “私は、治安部隊が協力していた可能性を排除しない”、と外務大臣Hoshyar Zebariは事件の後に述べた。“我々は真実に直面する必要がある。過去2ヶ月間、明らかに治安情勢は悪化をみせていた。”

 この大虐殺の犯人とは誰なのか?今日のイラクでは、宗派間の争いにまつわる陰謀説が全開で語られている。Malikiのシーア派主導政府は先週の末、スンニ派のバース党員Wisam Ali Khazim Ibrahimの告白を放送したが、彼が言うにはトラック爆弾による爆破計画はシリアで育まれ、彼はチェックポイントの護衛ガードに1万ドルを払って、そこを通過したのだという。

 しかしShahwaniに近い諜報ソースによると、科学的犯罪捜査による証拠はイランの関与を示唆している、という。彼は爆破の現場で見つかったC-4火薬の残余物にあったサインは、KutやNasiriyah, Basraその他の都市で2006年以降に発見されていた、イラン製爆薬にあったものと同一だったという。

 イランのMalikiとの関係性は密接なものだとイラクの諜報ソースはいい、同首相はイラン人クルーの乗ったイラン製ジェット機を公務の旅行の際にも用いるという。イラン人たちはMalikiが彼の政府で彼らの望む政策上の変更を行えば、彼のダワ党が1月の選挙で少なくとも49議席をとることを約束した、という。  
 イラクで治安状況が分解する中で、米軍はほとんど傍観者の立場にいる。al-Qaedaの分子が有力に残るMosulなどのエリアでさえ、米国人はほとんどコントロール能力をもたない。逮捕されたスンニ派テロリストは、イラク人が最高10万ドルの賄賂と引き換えにすぐさま保釈する、とイラクの情報筋はいう。

  米国人は秩序の回復を試みるべきだろうか?イラクのトップの諜報ソースは、それに関してたぶん“関わらないことが安全のためによいだろう”、と悲しげに答える。米国の助力なしに、5年以内にこの国がどう変わっているだろうか、とさらに詰問すると彼はぶっきらぼうにこう答える、「イラクはイランの植民地になるだろう」。
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/08/24/AR2009082402491.html

イランの濃縮核燃料の“不純物”について/A Hitch in Iran's Nuclear Plans?- By David Ignatius


Ignatiusの書いた、イランの核開発に関する情報が話題を呼んでいる…

それは、イランの核問題への“引っかかり”となるのか?
By David Ignatius (10/16, Washington Post)


 あなたはたぶん“Nucleonics Week”という業界誌の定期的読者ではないだろうから、私は、その10/8号に出ていた記事を要約してみたい。その報告では、イランが低濃縮ウラン──つまり核兵器製造を可能にする原材料…を供給する際に、彼らがそれを核兵器づくりにグレードアップすると遠心分離機を故障させかねないような一種の“不純物”が発生したといっている。

 今や“それ”は興味深いことだ──10月1日のジュネーヴでの交渉でのブレークスルーとなった合意──そこでイランは彼らの推定1,500キログラムの低濃縮ウランの大半を、さらなる濃縮工程のため海外に送ることについて同意したのだが──それは、みかけ通りの出来事ではなく、イランの遠心分離機が機能しないため、濃縮工程には外国の協力を得る以外に途がなかった、ということなのかもしれない。

 “不純物とは、ある種のフッ素結合した金属物質だが、それは遠心分離機での濃縮を阻むかもしれない”と、イランのNatanzの核施設において同ニュースレターのボン市の特派員のMark Hibbsが報告している。

 このニュースには、私は爆撃を受けそうに思えた。もしもNucleonics Weekの報告が精確ならば(専門家たちが、その汚染の問題がどの程度深刻か、への不確実さを感じていたとはいえ)イランの核開発は大半のアナリストたちが考えるよりずっと悪い状態にあるわけだ。彼らの製造した汚染された核燃料は、核兵器には全く使いようがない。爆弾を作るのに十分な燃料を製造するには、イランは初めから再度やり直さねばならない──今回は不純物を出さぬようにして。

 でも、あなたはそれをイラン人たちの手に委ねなければならない…悪しき状況のなかでベストを得るために: ジュネーブでなされた提案で彼らは西欧諸国にその燃料の汚染を除去させる約束を得たのだが──それをしなければその燃料は、彼らが常にその目的として主張する平和的な核利用にのみ使用可能な低濃縮の燃料にすぎなくなるのだ。
 
 “イラン人がそのように核燃料の供給で国際的な協力を喜んで受ける譲歩を装った態度を、レバレッジに使ったのはずうずうしいことだ”、とカーネギー平和財団の核不拡散プログラムのディレクター、George Perkovichはいう。

 10月1日になされたその仮合意は、イランが3.5パーセントの低濃縮ウランをロシアに送ると誓約したことで賞賛を浴びた──ロシアではそれをさらに、イランが医療用のアイソトープに使用する研究用原子炉の運転に必要な、19.75パーセントのレベルまで濃縮するという。ジュネーヴでの仮合意ではまた、フランスが核燃料合成のためより高濃度なウランへの濃縮を申し出た。

 “このことで得られる可能性のあるアドバンテージとは、もしそれが実行されたら、イランはLEU(低濃縮ウラン)の備蓄量を一気に削減できることだ───それは中東その他の地域での心配の種になっているものだが”…と、ジュネーヴの会議の後で、米国の政府高官は記者たちに熱狂して答えた。イランとの再度の会談は月曜日にウイーンで、詳細事項の決定のため開かれる。

 しかし交渉者たちよ、喜びに沸くのは少し待って、技術的スタッフのいうことに立ち戻ろう。“もしもイランのウラン燃料に濃縮前の汚染除去が必要なら…それはイランが近い将来には脅威とはなりえない、というブレークアウト(突破口)のシナリオを意味するのではないか”とHibbsはレポートする。“なぜならば、イランがNatanzで汚染除去をせずに濃縮した場合、LEUの再濃縮は遠心分離機を壊しかねないからだ”…Nucleonics Week のストーリーによると、フランスのAreva社がウラニウムの転化の技術とその装置を持っており、それがイランのLEUの汚染除去のために使えるという。

 そのような不純物がなぜ最初にウラン原材料に混入したのだろうか?それは興味深い疑問だ。その問題は、伝えられるところではイランで原料ウランを遠心分離機で濃縮可能な気体に変換しているIsfahanのプラントで発生したという。Isfahanのプラントはモリブデンその他の不純物を適切に除去できなかったと、Nucleonics Weekは2005年に報告している。

 そして、そのIsfahanの転換プラントでの故障が発生した装置とは、どこから来たのか?イラン人たちがそのことを心配していた可能性は大きいだろう。もちろんイラン人たちはおそらく、彼らの誇る核開発施設が他のどこに故障がありうるかを心配したに違いない。

 そしてそれはイラン人たちをパラノイアに陥らせるには十分ではなかったろう───彼らにはまだ、Qomの近くの革命防衛隊基地周辺の山岳の地下に隠された秘密の核濃縮工場が存在する、という情報もリークされているのだから。もしも米国がそれを発見したなら、それ以外に偉大なサタンの知るどんな事柄があるだろう?

 そして結論はこうだ: イランの核開発の時計にはアナリストたちが怖れていたよりまだもっと時間がある。イラン人たちが懸命に製造を試みる核燃料のストックは、核爆弾を製造しようとすると、彼らの遠心分離機にダメージを与えてしまう可能性がある。イランと彼らの国外における核燃料の濃縮に関して契約をすることには意味がある──国際社会が、それらがどこでどのように使用されるかをモニターすることができるし…またそこに秘密の備蓄があるかどうかも知り得るからだ。

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/10/15/AR2009101502761_pf.html

Saturday, October 24, 2009

イラクのマリキが彼の勢力を結集…/Iraq's Maliki gathers his forces- By Sami Moubayed


イラクのマリキが彼の勢力を結集する… By サミ・ムバイヤド (10/6, Asia Times)

 イラクの国防大臣はこの週末をはさんで、紛争の多発する北部イラクのNineveh県で、元バース党員やアル・カイダのメンバーをはじめ、150人以上を逮捕したと発表した。イラクのメディアはそのニュースを、政治的なプロセスへの敵に対する“大規模な弾圧”だと声高に報道した。しかし、ふつうのイラク人たちの見方は違った─人々は8月に起きた首都での大きな爆弾テロ事件のあと、Nuri al-Maliki首相がイラクの治安上の混乱に終止符を打てるものと信じるのを拒否した…。

 ともかく、政権就任後4年目を迎えようとする首相は、失業の削減や投資の呼び込み、公的機関での給与水準の引き上げにも失敗した。彼はまたスンニ派、シーア派、クルド人の間の真のパートナー関係づくりにも失敗し、その代わり、宗教的信条に導かれた少数のシーア派政治家たちからなる狭い連立政権によって政権を運営している。

 それでも彼はイラクの街角に、厳しい治安政策をつうじて比較的平和な状態を回復させ、2003年以来途絶えていた、ある程度正常な日常を何とかとり戻した。しかし、8月19日にバグダッドの政府の建物を粉々にした6つの自爆テロ以降、“security failure(治安上の失敗)”は、同首相の不足点の長大なリストに追加されてしまった。

 どんな現実的な目的のためにも、Malikiは100人以上のイラク人犠牲者を出したバグダッドの爆弾テロ──ブラック・ウェンズデーと呼ばれる── の後に政治的には終わってしまった…。それらの攻撃は、18ヶ月間の比較的平穏な時期の後に起こり、首都の人々の特に感じやすい(痛んだ)神経を逆なでし、そして人々はこう問い始めた、“もしもMalikiの治安計画がそんなに上手くいってるのなら、どうしてこれらの事件が起きたのか?”と─。

 これは治安向上のためのどんな試みも──たとえばこの週末に実施されていたものも── それが真面目な試みだろうと、普通のイラクの民衆からのあざけりしか生まないだろう理由だ。もしもイラクがノーマルな国で、宗派や部族、政治的立場ごとに分裂していないならば─どんな政治家でも…たとえスーパーマンだろうと8月19日の爆弾事件の余波の中では生き延びられないだろう。

 しかし不思議なことに、先週の木曜日にMalikiは破滅させられるどころか、新政党(法の連合による国家State of Law Coalition.)の結成の発表を行いながら、未だに闘争精神に溢れた様子をみせた。バグダッドの名声あるal-Rasheedホテルに集まった500人ほどの聴衆に対し、首相は彼の連合の55人のメンバー、著名なシーア派リーダーSaid Fawzi Abu Rishehやスンニ派の重鎮リーダーSaid Yawer al-Shummari.たちなどを紹介した。

 新たな党派連合は40の政党の連合で、そのなかには党の議長代理Sheikh Khaled al-Atiyya、Hussein al-Shahristani石油大臣、 そしてDulaim部族の長Sheikh Ali al-Hatem Suleimanもいる。この新連合のその他のMalikiの協力者としては、彼のアドバイザーのSadeq al-Rikabiや、彼のスポークスマン Ali al-Dabbagh、有名な女性活動家Safia al-Suheilがおり、そしてまた教育大臣・健康大臣・旅行産業大臣・労働大臣・移民問題大臣・若者問題大臣・スポーツ大臣、そして議会運営大臣がいる。

 すでに30の党派が新連合への参加を申請したと首相に近い情報筋はいい、彼らの申請は現在、メンバー委員会がレビューしているという。新連合はナショナリズムをかかげ、各派の信条主義を超えた世俗的なものとして、Malikiはそのどのリーダーもターバンを巻いた聖職者ではないこと(2005年に政権をめざした統一イラク連合はそれが存在したが)を指摘した。

 多くの敗北の後でMalikiが反撃力を示したことは、注目に価する。この男は2006年4月に政権の座について以降幾度も、その多くの失敗のために終わったと目されなかったか?それと同様に驚くべきことは、Malikiの連合が、イラク全土のライバル政治家たちの間に巻き起こしている否定しがたい怖れの感覚だ。同首相が、George W Bushがホワイトハウスを去った瞬間その恩恵から墜落する、弱くて顕著な色彩のない政治家だ、と皆が思っていたのは、さほど昔ではない。

  簡単にいえば、人々は彼を真面目に捉えたことがなかった。
今日、人々は彼を彼自身の力による政治的な重鎮だとみるだけでなく、彼の行うファウル・プレイ(反則行為)を糾弾し、彼がゆっくりと新たなSaddam Husseinのような存在に変貌しつつある、と非難する。Malikiのチームが生まれる1週間前に彼の前のボスだった前首相・Ibrahim al-Jaafariが、もうひとつの党派連合として、有力なシーア派党派(サドル派やHakimのSIICなど)の傘連合である、the Iraqi National Alliance(INA)を創設していた。

INAもまた宗派横断的・世俗的なポリシーをかかげて、イラク人に対し、2003年の占領によって行われた全ての悪しき行いと、Malikiの失策を正す、と約束した。彼らはMalikiに対してINAの議席を与えると提案したが、首相は丁重にこれを断った─彼は彼自身が2010年の選挙で再び首相になることを絶対的に保証するといった、不可能な4番目の条件を要求したのだ。

憮然としたINAのメンバーたちはMalikiの政治生命はあとわずかだと警告したが、議会のサドル派のメンバーのAhmad Masoudiは“早期の分裂”はthe State of Law Coalitionの連合の出現を促すだろうといった。

INAのメンバーの構成とは、それがイランとの強い関係のもとに投資を行い、テヘランを政治ゲームの中に引き入れてMalikiに対抗させるという色彩をもっていた。首相は、イラクに対するイランの影響力というものに反対したことはなかったが、彼自身としてイラン人とそれほど強い繋がりを持ったことは一度もなかった。

何ヶ月にもわたり彼は彼の宗派的(党派的)イメージを脱却する(振り落とす)よう試み、そしてシーア派・スンニ派・クルド人からみて、すべてのイラク人のスポークスマンとして映るよう試みている─そして単なるシーア派系の狭い政党として、長年Saddam政権の下で実験をふるってきたスンニ派コミュニティに復讐を試みるような党派ではないことを印象づけようとしている。

彼はINAとはとても異なる政策をとるだろう─イランとは距離を置き、そしてアラブ諸国、たとえばサウジ・アラビアやヨルダンや、さらにおそらくシリアとも寄り添った関係樹立を試みて─彼自身をスンニ派からも愛されるべく画策し、そして次の1月の大統領選で勝てるように努力するだろう。

もしもINAに参加していたた場合、有力な宗教政治家のMuqtada al-SadrやAbdul Aziz al-Hakim(彼は新連合結成直後に亡くなったが)に対抗してMalikiが成功を収めることはとても困難だったろう。おそらく彼は、バグダッドのスラム地域でのMuqtadaの人気や、シーア派の影響力のあるビジネスマンの大きな家族層コミュニティでのHakimの影響力に比べれば、政治的な小人のような存在にみられていた可能性が強い。

しかしながら、the State of Law連合で彼と協力する無力な政治家たちに比べたら、Malikiは政治的な巨人にみなされる。新連合の弱小メンバーのグループが失策つづきの実績しかない首相のリーダーシップのもとに、Sadr派やHakim派、その他の、来年1月の選挙にむけて活動する強力なシーア派の政治家たちと対抗できるのだろうか?(筆者:Sami Moubayed は、シリアのForward Magazineのチーフエディター)
http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/KJ06Ak01.html

*10/20、al-Malikiは米国での会議出席の折ワシントンに立寄った。オバマは彼に、1月16日の議会選挙の実施にむけた、「選挙法」の早急な制定を要求した。

 その制定の遅れは米国にとっても、選挙のできる安定した治安状況を残して撤退する、という米軍の最後の大きなひと仕事─を果たすために問題となる。

 イラク軍の質は徐々に向上しているが、未だにスンニ派主流の地域、またシーア派地域でも治安の悪いMaysanなどの県をコントロールできていないのだ。

 特に問題なのは、石油資源の豊富なクルド地方の都市Kirkukの問題…アラブ人住民とクルド人住民の間のパワーシェアリングの問題に解決策がみえていない…

 また議会選挙では候補者の個人名で投票するか、党の名で投票するかにも妥協策がみえず…イラクの立法議員たちによる草案作成は「give up」状態にあるとか─

Saturday, October 17, 2009

再建のために、タリバンと時をあらそうパキスタンの今…/ Racing Time and Taliban to Rebuild in Pakistan - By SABRINA TAVERNISE and IRFAN ASHRAF


Swat渓谷から Sabrina Taverniseが細やかな最新状況報告をしている

再建のために、タリバンと時をあらそうパキスタンの今…

By サブリナ・タヴェルニシ及びイルファン・アシュラフ (10/10, NYタイムス)

〔パキスタン、ナザラザード〕

 戦闘は終わり村人たちは戻ってきたが、ここでの暮らしは未だに保留のままだ。村人たちのバッファローは居なくなり、畑の収穫は駄目になった。多くの地域が未だに停電している。タリバンによって爆破された学校は、山となって残っている。レンガさえもが売りに出されている。

 “我々はみなし子のようだ”と、学校の校長、Akbar Khanはいう。“誰も我々のことを尋ねにここを訪れたりしない”

 ここはUpper Swat Valley(スワット渓谷上流地域)、北部パキスタンでのタリバン運動の震源地だ。ここより南方の都会のエリアは賑わいをとり戻し日常に帰っているが、パキスタンによるSwat地方でのタリバンとの戦いの真のテストはこの、武装闘争の始まった土地、貧困に蝕まれた地方の村々で起こるだろう。

 しかしアクティブな戦闘が終了して2ヵ月以上が経ち冬が急速に近づきつつあるなかで、再建はいまだ始まらず、この土地で人々の信用を取り戻するため達成されたことはほんの僅かしかない、と村人や役人たちはいう。

 彼らは、こうした停滞は危険だ、という:つまり政府によるほとんど完全な国民の放棄の状態が、人々をタリバンと手を結ばせたのだ… 人々が自力で生活していくよう放棄されている限り、悪い状態へと逆行するチャンスが大きくなる。

“私は本当に心配しているのだ”と、Swatが位置する北西辺境州の長官Javed Iqbalはいう。”我々に時間的な贅沢をする余裕などはない”

“もしもあなたがより一層、実体的なものを示せないのなら…この国がまた、無政府状態に戻っても驚くべきではない…”と彼はいう。

 パキスタン政府は今、Swat渓谷の人々のニーズに応えているとし、その先月の援助金額は推定12億ドルだという。同国への最大の援助国の米国は何10億ドルもの資金をパキスタンに投入しようとしており、援助資金をつのる国際会議も開催された。

 しかしこの打ちひしがれた地域の再建資金はほどんど存在しないに等しい、と政府関係者はいう、そして援助団体は治安上の規則に阻まれて現実への対応が遅れている。

 “政府は人々が、平常の生活にゆっくり戻りつつあるのだ、と信じている”と、ラホールのForman Christian College経済学部の理事、Pervez Tahirはいう。“現実には、以前から貧しい人々は無視されており、その後もまた、貧しい人々は無視される…”

 そうしたパターンは、パキスタンのトラブルにみちた62年の歴史を通じて裏づけられ、とくにこの地域での状況はシビアだった。
 
 戦争の前にはNazarabadの物は皆、壊れていた。村人たちは、街の変電設備のコイルを交換するため寄付をした。水道水は流れないか、屋内に配管設備はなく、教師たちは学校の水道ポンプのために寄付をした。そのためにロビー活動をする有力者は誰もおらず、村は自分たちでそれらを賄うべく取り残された。

 そのため、タリバンが最初にFMラジオの放送によって現れて、イスラム教聖職者が人々のニーズが無視されている、と語ったとき、人々はそこに救済をみた。

 “欠乏は耐え難いレベルにあったのだ”、とNazarabadの教師、Muhammad Shah Husseinはいう。“タリバンが来た時、そこには希望があった”

 しかし、時が過ぎてタリバンの戦略は一層強制的になってゆき、そして彼らが学校を爆破したときに彼らへの共感は消えうせた。

 “我々は彼らに、‘人々はとても貧しくて弱い、どうかこの学校を破壊しないでくれ’といったのだ”─と校長のAkbar Khanはいう。

 しかしそれは、用をなさなかった。今では生徒たちは、不思議な新しいアウトドアの教室にとまる小鳥のように、小さなレンガの山の上に座っている。ここでは少女たちは未だにまったく学校に行けない─彼女らの学校は破壊された後、一度も再建されていない。そしてローカルな習慣によって、彼女がおおっぴらに外にでることすら眉を顰められる。

 Swat渓谷の学校の約20%は破壊されたか、使用不能になっていると国連児童基金(Unicef)はいう。

 これまでこの地での主だった対応はテントの配布だった。その事業努力を主導していたユニセフは、寄付者たちからの反応は鈍かったといい、依頼した資金の60%しか集まらなかったという。そしてタリバンの攻撃が7人の国連の職員達を殺害した後…その中には教育担当のディレクターもいた…、戦争に蝕まれた地域での再建事業は休止状態のままだという。

 国連は2千万ドルをこの地域の学校再建のための予算に割り当て、先月には何億ドルもの資金を社会開発事業のために投じると約束した。しかし再建事業の責任者であるこの県の役人、Shakeel Qadr Khanは、実際にどのくらいの資金がSwatの再建のために使われることになるか不明だという

 何年にもわたるタリバン支配と、軍事作戦の頻発した時期は農業にも犠牲を強いた。Guelarai村の農民Khazwarは、彼の小麦が駄目になり、果物も収穫されることがなかったので、手元には種や肥料を購入するための何の資金も残らなかった。県の農業担当の長官は、彼らの事業を再び軌道に戻すために、およそ8億ドルを農民支援のために投じることが必要だという。

“Swat地域は全てこのことによる苦難を強いられている”とKhazwarはいう…多くの田舎のパキスタン人がこの同じ名前を好んで名乗っている。

 ここでの軍事作戦は、過去の軍事作戦のような大規模な破壊や、多くの市民の犠牲者は出さなかった、そして軍はいまやこの渓谷全体のあちこちに基地を建設した。軍の存在はMingoraのマジョリティ住民から歓迎された─それ以前の時期に武装勢力から放棄されたと感じていた人たちによって。

 しかし2003年頃に武装勢力が強勢をはっていた村々では、人々はいまや軍にも恐れを抱いている…それは平常な暮らしに戻ることをさらに困難にする。

 Hussein氏は、彼の男子生徒の半数以上が学校に来なくなったと見積もる──彼らは軍が、彼らをタリバンに関与したとして逮捕するのではと恐れていたのだという。彼はまた目立つことに神経質になっている…今や彼は軍の拘束下にある親類たちのことを問い合わせている家族たち(その多くが字が読めない)のスポークスマンの役も務めている。

 また、急速な速さで進みつつある仕事といえば、地方のMilitia(民兵団)の設立だ。この近隣の政治的リーダー、Jamal Nasir Khanは渓谷の上流地域の村々で何百人もの男をリクルートして、タリバンからの防衛の仕事に就かせようとしている。Khanは2007年に首都のIslamabadに逃れ、この夏に帰ってきたというが、治安の維持が最大の課題だという。  

“人々は1ヶ月以内に平常な状態に戻ることを望んでいる─それは無理だ”と、家を出るときは常に米国風のアーミーブーツに空軍ジャケット、M-16ライフルを身に着けているKhanはいう。“それはgenie(魔法のランプの精)が来て状況をよくしてくれる…などというものではない”

 Khan氏は完全に軍隊に頼っている。彼は軍の車両に便乗して移動し、彼の食べ物は軍で調理される。そして彼はこの地域で、現実的に独りだ。このあたりの7つのdistrictの役人たちでここから逃れた者のうち、一人として帰ってきた者はなかった。…戻ってきたのはごく少数の高校の教師たちと、医師たちだけだ。

 識字率の低さは村人たちを容易に無視されがちにする。Taja Bibiは字の読めない村人だが─彼女の聡明な12歳の娘のRabihatは学校に帰りたいと切望している─彼女はとにかく学校が再開してほしい、いつになるのかとは訊かないから、という。 

“私たちには討論もできないし、返事をすることもできない”と、20人以上の人が住む小さな家の汚い床に座って、彼女はいう。

“あの人たちは私たちを、話をする相手にする価値もないと思っている”

 Hussein氏にとっては、人々の権利のことを理解できる、教育のある階層を生み出すことがパキスタンの変革への唯一の希望だ。

 しかしそれには学校がいる、そして彼の村にあった学校はなくなってしまった。

“我々はルーザーなのだ”、と彼はいった。
http://www.nytimes.com/2009/10/11/world/asia/11swat.html?tntemail1=y&emc=tnt&pagewanted=all

Friday, October 16, 2009

カルザイ政権の腐敗を許すな!/ Not Good Enough - By THOMAS L. FRIEDMAN

米国流の民主主義を信じるオプティミストのフリードマン
Karzai政権に最後通牒を…と提案?


「十分に好く」はない! ─ By トーマス・フリードマン (10/14、NYタイムス)
 

 もしもオバマ大統領が…米国をベトナム化への途に陥らせないために、アフガニスタンとパキスタンを安定化するのに必要な兵力バランスの厳密な数を導きだせたならば、むろん彼はノーベル賞に値する──物理学分野で。

 私は、大統領がその計算のために時間をとることには、何ら問題はない。我々と彼とはその決定と長い間、共に過ごさねばならないのだから。だが私の財布の具合からみると…私には、あとどの位の追加兵力を派遣するか、を今日語り合うよりも、どのようなアフガン政府をパートナーとして持つかに焦点をあてて語ってほしいのだ。

 なぜなら、対反乱勢力の作戦を進める場合、ローカルな政府というものは、我々の兵力増派と我々の目標とするゴールの間の、決定的な橋渡しをする存在だからだ。もしも、その政府が腐敗していたら、あなたの事業のお先は暗くなる。

 独立した選挙監視機関のモニターたちによれば、8月20日の投票では3分の1程度の票が腐敗に汚れた票で、Hamid Karzai大統領は明らかに大規模な不正に最も手を染めていた、という。それでも彼は、米軍の兵力増派と我々にとっては、アフガニスタンの安定というゴールへの橋となると思われている──それはありえない。

 私は、アフガニスタンとパキスタンの安定化は大きな賭けだ、と理解している。その地での我々の最高司令官で、何千もの兵力の追加をリクエストしているStanley McChrystal中将が、もしもアフガニスタンをタリバンに明け渡した場合には沢山の悪いことが起こる、という時、彼はまちがってはいない。しかし、私は自分自身に問い続けたい:我々はどうやってそのような汚れた政府をパートナーにできるのか、と?

 私はJefferson(建国の父)は投票で選ばれたのではなかった、と知っている。しかしそこで “good enough (十分に好い)”といった状態と、機能不全に陥って腐敗している、ということの間には大きな相違がある。われわれがどう考えようと、我々のパートナーのKarzaiと彼のチームは率直なところ最悪だ(awful)、と多くのアフガン人がいっている。

 そのことは我々が単に追加兵力を送るだけでは十分でない、ということの理由だ。もしも我々がアフガンへのコミットメント(介入)を更新するのなら、我々はアフガンの人々に対して、我々はKarzaiとは違うタイプの政権を望んでいる、と目に見える形で示すか、または誰が治めようともそのような政権と共にあることは拒絶する、と示さねばならない。それはスイスである必要はない、しかしそれならば十分に好ましいだろう──それは、アフガニスタン人たちが喜んでその元で生活するような政府だろう。それなくしては、より一層の兵力派遣による戦略は、ただ敗北を引き伸ばすだけだろう。

 私にはワシントンが──タリバンによる反乱運動が加速的にKarzai政権の態度に反抗するものになりつつある(同政権が国際的パートナーとして手を組む諸国の宗教や文明に対抗するのではなく…)ことを、十分理解しているのかは疑問だ。そして、あまりにも多くのアフガン人がいま、我々がその政府を創り維持し続けていることに苦情を唱えている。

 Karzaiはすでに、この不正な選挙への国際的な投票検査の公正さを傷つけようとし、いかなる決選投票の実施も拒んだ。月曜日に彼のElectoral Complaints Commission(選挙苦情委員会)の協力者である Mustafa Barakzaiは“外国による妨害があった”として辞職した。そのことはKarzaiが、彼の汚した選挙をクリーンアップしようとする我々に対して、アフガンの国民を反目させようとする試みだ。

 アフガニスタンの専門家たちと…カブールで、ワシントンで、そしてベルリンで話すとき、その構図は見えてくる: Karzai政府にはマフィアの政府との共通性がたくさんあると── “正常な”政府は国民から税金のかたちで収入を得て…ローカルなまたは地域的機関に予算配分や支援金の形で資金を分散するが、このアフガン政府は、逆の形で運営されている。その金は、地方の田舎から上に上がってくる─公共のオフィスがcrony(親友、旧友、仲間)に対して行った購買への支払いや、cronyからの“gifts(贈り物)”に対する支払いの形で。

 専門家たちがいうには──カブールから流れるものは、足かせのない(拘束を受けない)抜き取りと、役人達がシステムに反抗したり、一線を超えたりした場合の、告発や処罰からの保護だ。“Karzai World”のなかでは、組織の中のslot(位置や仕事)は、利潤のためにそれを買う人たちによって売買され、またはcronyたちにタダで与えられ、ライバル勢力を追い払うための贈与金とされる。

 我々は、そうしたシステムの実行者だと思われないように、とても注意を払わねばならない。

 去る7月にアフガニスタンを訪れたときに私は、すべての米国の役人が、彼はアフガニスタンでベストで、誠実な人物だ、と教えてくれた重要な県知事にも面会したが──彼らはこう付け加えた、“我々はKarzaiが罷免されないように、Karzaiと戦わねばならない”と──それはKarzaiのシステムに抵抗する人間たちに起こっていることなのだ。

 これはクレージーだ。我々はKarzaiと対処するとき、あまりにも礼儀正しく、植民地勢力のようにみられまいと心配しすぎている。私はもしこの男が大統領職に選ばれたなら、彼が彼の政府をアフガンの人々の尊敬を得られるように目にみえる形でクリーンアップするまで、一人の追加の兵力たりとも送りたくない。

 もしもKarzaiがノーといったなら、そこにある答えはたった一つだ: “友人よ、君一人でやってくれ。どうぞ、タリバンとよい人生を。我々は、マフィア・ファミリーのように振るまう政府のもとに、これ以上の米国人の血や、財産を費やすことはできない。もしも我々がこの国を去らないと思うなら…これを見よ” (ヘリコプター部隊にキュー)

 だから、お願いだから、今日アフガニスタンとパキスタンがどんなに重要かを私にレクチャーするのを少し控えてほしい。私はすでに賭け金を払っている。しかし我々は、この国自身の大統領以上の、誠実なアフガニスタンを望むことはできない。もし我々がそれを期待するなら、我々は、国民からの国家への忠誠心を維持できる真のローカル・パートナーを得ることはできず、そして我々にとっての成功はありえない─たとえ兵力増派によっても、より一層の無人偵察機や、資金の投資によっても。
http://www.nytimes.com/2009/10/14/opinion/14friedman.html

*10/20に、結局Karzaiは決選投票受け入れを表明し、翌日ライバルのAbdullah候補もこれを受け容れた。このフリードマンのコラムが毎度ながら、効果あったのだろうか?──

*とはいえフリードマンは、去る9月30日のコラムで、オバマ大統領をめぐるたった今の空気は、「イスラエルの故ラビン大統領暗殺前夜の空気にそっくり…」などと書いて、一部の批評家から顰蹙を浴びていた。 

*「機能する政府」というのはオバマの大きな政府論の公約のキータームとか…これもパロディとしていっているのか?

オバマのノーベル平和賞授賞を無効に?/Critics Smell Politics in Decision to Honor Obama - By Anthony Faiola


…「政治的」と非難されたオバマ大統領へのノーベル賞授与に、今反撃がはじまった!?

オバマへのノーベル賞授与には政治のニオイがする…と批評家達 ─ By アンソニー・ファイオラ (10/9、Washington Post)

 彼らのオスロの会議室で、同国の議会によって選ばれた5人のノルウェー人とは、まるで最高位のキングメーカーのようだ…彼らは毎年、最低でも1人の個人、または1グループによるランドマーク的な仕事を名誉の対象に選んでいるのだ。

 委員会がオバマ大統領に名誉をあたえるという決定は、その就任後、9ヶ月を待たずになされたが、批評家たちはこの地球上で最も名誉をもつ賞のひとつが、ヨーロッパによる政治上の“保証(お墨つき)”、“容認”をあらわす賞になっているのではないか、との問いを発している。彼らは、オバマを選ぶことでノルウェーのノーベル賞選定委員会が、ヨーロッパ自身のものとほど近い政治的ポリシーをもつオバマ大統領(もう一人の平和賞受賞者ジミー・カーター以来のいかなる米国大統領よりも近い…)という米国のリーダーを祝福しているのだろう、という。

 ロンドンのシンクタンク・Chatham Houseのディレクター・Robin Niblettは、“この決定はヨーロッパ人の世界観を代弁しているのだ”、という。“ノーベル賞委員会が大西洋の向こうから(米国に)手をさし伸ばししつつ、"見ろ、ついに米国のリーダーも我々と同じ価値観を代表し始めたぞ」といっていると…”

 1901年のノーベル賞創設以来ノルウェー人たちは、その平和賞の受賞者を毎回19世紀の客観的な仲介者のように選んできた、という実績から信頼を得ていた。しかしそれでも同委員会は、ここ何年かは、そのミッションをヨーロッパで人気のある社会運動にスポットライトをあてて拡大的に捉えたりしている(…貧困や地球温暖化を阻止するキャンペーンへの姿勢を含めて)。民主党の前・副大統領アル・ゴアの2007年の同賞へのノミネートは…ヨーロッパでとても不人気だったG・ブッシュ大統領への外交上の強打を狙ったものともみられた。

 金曜日に、ノルウェーの元首相で同賞委員会の理事を務めるThorbjorn Jaglandは… 同委員会がオバマを──彼の達成した業績よりも彼が熱望しているもの(aspiration)のみで選んだ、との批判を拒絶した。彼は、批評家たちはオバマがすでに米国の政策において達成した実体的な変化を過小評価しているという。 ”我々はこの賞を、未来に起こるかもしれないことに対して与えたのではない、〔オバマ〕が昨年成し遂げたことに対して与えたのだ”─ と彼はオスロで語った。

 Council of Europe(ヨーロッパ及びその周辺での人権と、法のルールに焦点を当てる団体)の長を務めるJaglandは、ノルウェー全土の政界からのメンバーによる委員会も率いている。彼らのなかには、Kaci Kullmann Five(同国最大の石油会社の重役会に属する保守派の人物)──やAgot Valle(社会主義左派党の人物)などもいる。

 Jaglandはオバマについて、“この賞の授与が彼のやろうとしていることをより力づけるよう、我々は望みたい”、という。
 専門家たちは、5人の回り持ちのメンバーからなるノルウェーのノーベル賞委員会がかつて、論議を呼ぶ選択をしたことを指摘する:彼らは、1973年に米国の外交官Henry A. Kissingerに、1994年にはパレスチナのリーダーYasser Arafatに賞を与えたのだ。

 地球全土で、オバマへの平和賞の授与に対するリアクションは彼に政治的に反対する勢力からの怒りにはじまり──タリバンのスポークスマンはこの選出を非難した… ──そして世界の多くの人から変貌の途上にあるリーダーだとみなされる人物を選ぶ、というオプティミズミに歓喜の声もあがった。国家元首たち…特にヨーロッパの元首たちは大方がこの決定を称えた。特にEU委員会の大統領、José Manuel Barrosoはこれを、“オバマ大統領による平和とヒューマニティーの進化という価値観へのコミットメントに対するトリビュートだ”といっていた。

 しかしオバマに彼の政権のこれほど早い時期に名誉を与えることで… ノーベル賞委員会は大きく期待感を盛り上げ過ぎるというリスクを賭けた、特にアラブ世界の一部では…米国のリーダーはそこで人々の新たな心の琴線に触れようとしているが──たとえばイラクでは、オバマは平和への何の実体的な実績もないうちに報償をうけた、と多くの人が驚いている。

 “私は委員会は気が狂ったのだろうと思った”とファルージャ出身の43歳の弁護士Omar Mohammadはいう。“我々は彼が何かをしたのをまだ、みたこともない。言葉と約束だけで、行動は何もない。彼の軍隊はいまだにここにいるし、グアンタナモ収容所はまだ閉鎖されず、そしてイスラエルは新しい入植地を作り続けている…”
 ホワイトハウスは未だに外交上の重要課題においては何の目だった進歩もなしとげていない─たとえばイスラエル・パレスチナ紛争に対しても…と多くの人が指摘する。

 “これは委員会がウィッシュフル・シンキング(希望的観測)に対して賞を授与した、最初のケースだ”とイスラエル議会与党リクード党のDanny Danonはいう。彼はオバマがイスラエルに西岸地域での入植地建設凍結を求めることに批判的だ。

 金曜日に、ノーベル賞委員会はそのミッション推進の新たな一歩にあると評された。しかし他の人たちはその(オバマを選んだ)決定はある意味で、以前の受賞者の選定よりも、賞の精神のより一層の真実を語るものではないかともいった。

 "Nobel's Will”のノルウェー人著者、Fredrik S. Heffermehlは選定委員会がオバマを受賞者に選び、そのアナウンスメントに用いた言葉(国際社会の相互協力や核軍縮の重要性に焦点を当てたていた…)とは、スイス人のダイナマイト発明者で、その意思によってノーベル賞に基金を寄付したAlfred Nobelの、オリジナルな願いの表現であるとも言う。 

 とはいえ、Heffermehlすら、その決定には政治的なものをみている。彼は“ノルウェーは8年にわたるヨーロッパと米国の緊張関係の後に、米国にオリーブの枝をさし伸べているのだ”という─
 その賞とは理論上では、ノルウェーの政治を反映しない独立的なものだ…とはいえ“真の状況では、それはオフィシャルな政治を非常に大きく反映している”と彼はいう。
 それが起きたのは、今年が初めてではない。Heffermehlは、1906年のTheodore Rooseveltのノーベル賞への選定は“米国との好い関係を維持したいという長きにわたる伝統の、最初の例だった”のだという…
*写真はThorbjorn Jagland
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/10/09/AR2009100904381.html
 
オバマ氏に平和賞、ノーベル賞委員長が独断?(10/16 読売新聞) 

 【ロンドン=鶴原徹也】オバマ米大統領へのノーベル平和賞授賞を決めるノルウェー・ノーベル賞委員会による選考過程が、異例ずくめだったことが明らかになりつつある。 

 決定に自身の意向を強く反映させたとされるヤーグラン委員長に対しては、辞任を求める声も上がってきた。 

 人権擁護・研究機関「ノルウェー人権センター」のニルス・ブテンション所長は「米国のアフガニスタン軍事作戦の帰すうも分からない中でオバマ氏への授賞は危険なゲーム。委員長自身がオバマ氏を候補に加え、授賞を主導したのではないか」と本紙に語った。

 委員会は2月1日を期限に各国政府・議会、識者、歴代の平和賞受賞者らから推薦を募った。同所長は、大統領就任(1月20日)間もないオバマ氏の名はその時点で候補者名簿になく、同委が選考初会合を開く2月下旬までに委員長が追加した、と推測する。

 同委はノルウェー議会任命の5人で構成され、人選は議会勢力を反映する。今年1月に任命されたヤーグラン氏は与党・労働党の元党首、かつ5人のうち唯一の首相経験者で、いきなり委員長に就いた。ノルウェー紙ベルデンスガングは15日、「(委員長と中道左派の委員を除く)3人はオバマ授賞は時期尚早として反対だった」と伝えた。

 このため選考はオバマ氏による非核化包括構想発表、米露戦略兵器削減交渉などの動きを追う形で進む。「通常、授賞者決定は発表の2、3週間前」とされるが、今回は選考に時間がかかり、「1週間前の10月2日」(ノーベル賞委員会)にずれ込んだ。オバマ氏が主導した9月24日の国連安保理首脳級会合で、「核兵器なき世界」を目指す決議が採択されたことを受けて、ようやく合意ができた。

 ブテンション所長は「今回の授賞は、オバマ氏支援を明確に打ち出したことで、ノーベル賞委員会自体を国際政治に巻き込んだ。委員長は辞任すべきだ」と語る。

 さらには、野党の進歩党と保守党もここにきて公然とヤーグラン委員長の辞任を求め出した。委員長が9月、民主主義と法治を促進する国際機構・欧州会議(47か国加盟)事務局長に就任し、兼職となったことでノーベル平和賞の公正中立が損なわれるとの主張だ。保守党のギトマーク下院議員は「事務局長である限り、例えば欧州会議加盟のロシアの反体制活動家に平和賞を与えることはできなくなる」と本紙に述べた。

 こうした批判は、「平和賞の政治化」を懸念する声とも重なる。米政治家の平和賞受賞者は、セオドア・ルーズベルト大統領からオバマ氏まで計11人で、共和党5人、民主党6人の内訳。だが、第2次大戦後はキッシンジャー国務長官を除く全員が民主党。選考に際し、近年は特にブッシュ前米大統領の「一国主義」に対する反発が濃厚だ。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091016-00000135-yom-int

*米国の保守派によるオバマの授賞へのし烈な批判がノルウェー国内からの攻撃も煽っているのか? 
*Sakai Tanaka:オバマのノーベル受賞とイスラエル
http://tanakanews.com/091021israel.htm

Saturday, October 10, 2009

オバマはタリバンを討たない方針に転換する/Obama prepared to accept Taliban role in Afghan politics


“オバマ大統領は米国の政策の方向を変えて、
アフガニスタンでのタリバンの政治的役割を認める方向にある”と米高官が語った…

オバマ大統領、アフガンでのタリバンの部分的受け入れを準備? By Alex Spillius in Washington (10/9、The Telegraph, UK)

 オバマ大統領はアドバイザーや軍司令官たちと、アフガニスタンで米国のとるべきオプションを探るための会議を重ねてきた。米国のアフガンにおけるNATO司令官、Stanley McCrystal中将は、反乱勢力への対策としてさらなる4万の米軍兵力の増強を求めている。

 しかし最新のオバマ大統領の動静では、彼はこれを却下すると見込まれ、いかなる兵力増派もこの数字より小規模になると思われる。ホワイトハウスにおいて生じつつある考え方では、アル・カイダを打倒するためのより小規模な作戦を好み、それはタリバンを潰すことではないらしい。

 その代わり、米国はタリバンにアフガニスタンでの政治的な参加の場を与えながら、ある種の和解の途を探るかも知れない。AP通信社に状況のレビューを語った政府高官によれば、米国は「タリバンの権力への復帰を望まない」、しかし、彼らを完全に壊滅することも求めない。オバマのチームの一部は、アル・カイダと同盟して西欧の打倒を目標としているタリバンは少数に過ぎない、と信じている。「彼らは均一なタイプのグループではない」と、ホワイトハウスの報道官Robert Gibbsは語る。「諜報的情報に支えられているような組織では確かにない」

 ホワイトハウスは、アフガニスタンには約100人のアルカイダの工作員がいるという──パキスタンにはオサマ・ビン・ラディンとその主な同盟者を含めて、何千人もの工作員がいるというのだが。
 実施される可能性のある戦略とは、特殊部隊による作戦と無人偵察機、そしてパキスタン軍に一層、重要性をおくものだ──それはTribal Area(パキスタンの国境地域の部族エリア)における対テロリスト作戦においても、一定の成功を収めている戦略だ… しかし批評家たちは、アルカイダを討つことはタリバンを討つことだ、ともいう。

 「現実のところ、我々はもしもタリバンが戻ってきた場合、アル・カイダも戻ってくることはわかっている」と、共和党の上院議員John McCainは、今週のホワイトハウスでの会議の後に語った。
http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/northamerica/usa/6284390/Obama-prepared-to-accept-Taliban-role-in-Afghan-politics.html

オバマはタリバンで
なく、アルカイダにフォーカスを絞る (10/8,Associated Press)

 …オバマが推進しようとしている戦略では、“タリバンが権力の座を取りもどすことは許さない”、と政府高官はいう。しかし米国は、タリバンがアフガンの中央の支配権を取りもどすことのみを阻止するために戦う…現状はその状態からほど遠いが…そしてアフガニスタンをアル・カイダに新たなサンクチュアリとして与えぬよう阻止するという。

タリバンというものは滅ぼし尽くすにはアフガニスタンの文化に余りに深く浸透しすぎている、という現実に譲歩して…米政権は、アフガニスタンの一部でのタリバンの役割を認める準備をしていると政府高官はいう。それはタリバンのメンバーのなかで、中央政府に参加する為なら暴力の行使を放棄したい…という者のために途を開くこと─アフガンの大統領ハミド・カルザイが唱えているが、タリバンに余り受けいれられていない和平討議のようなものだ。それは国土の一部をタリバンに割譲することさえ意味する可能性もある。

ホワイトハウスの地下の安全な緊急対策室で開かれたはじめの2回の会議セッションで、オバマはアドバイザーたちに対して、ひとつの質問に繰り返し立ち帰った…それは:我々の敵とは誰かという質問だった、と高官はいう。

その答えとは、アル・カイダだ…3月にもそうだったのと同様に。

アフガニスタン情勢が激変するさなか、現在進む戦争についての討論で、新たに刷新された定義とはとても示唆的なものだ。

現在、アフガニスタンにはアル・カイダのメンバーは100人未満しかいない。米国のアフガニスタンでの戦争とは、対タリバンの戦争だったものの…今オバマ・チームによってそれはアル・カイダとは別個のものだとますます、見直されつつある。タリバンとは未だに危険な存在だとはいえ、彼らは領土的な目的を掲げた、ほとんど完全にローカルな土着のムーブメントで米国に対する脅威にはとてもほど遠いとみられる。

オバマのチームはタリバンのなかのいくらかの構成分子がアル・カイダと手を組み、その過渡的な広がりと、西欧を攻撃するという目標に組みしてもいるが、それはたぶん彼らの多数派とはいいがたく、彼らはイデオロギー的な理由よりも戦術的な理由で手を組んでいるのだろうと高官はいう。
「彼らは均質なタイプのグループではない」…ホワイトハウス報道官Robert Gibbsはいう。「それは確かに、どんなタイプの諜報的組織の後ろ盾も得ていないグループのようだ」

それはアフガニスタンにとって、米国がタリバンを追い出すより以前のタリバンが権力を握っていた当時にアル・カイダがここで組織を再結成したように、今また再結成を遂げさせることはもはや不可能…と否定するのが第一目標なのだ。

アル・カイダに焦点をあてることは、McChrystal中将の進言したアフガニスタンへの大規模兵力増派案に代わるものとして、バイデン副大統領の主張したアプローチの原動力ともいえる。バイデンは米軍を、現在容認された6万8千人を維持しつつ(うちにオバマが追加派兵として今年初めに命じた2万1千人も含め)しかし無人の偵察機や、また特殊部隊や一種のサージカル(外科的、物理的)な対テロ攻撃(空爆等)への依存…それはパキスタンやソマリアその他で成功を収めた方法だが…を大きく拡大すべきだ、と論じている。
http://www.nytimes.com/aponline/2009/10/08/us/politics/AP-US-US-Afghanistan.html?scp=7&sq=obama%20taliban%20role&st=cse


*この記事は流動的なホワイトハウスの討論を捉えているが希望的観測もある?実際このとおりに進むだろうか

*Afghan War Debate Now Leans to Focus on Al Qaeda
http://www.nytimes.com/2009/10/08/world/asia/08prexy.html?ref=asia






Friday, October 9, 2009

マクリスタル中将にホワイトハウスが立腹?/White House angry at General Stanley McChrystal speech on Afghanistan


「McChrystal中将の語った戦略に関するコメントで──オバマ大統領と、アフガニスタンのNATO軍司令官が厳しい緊張関係に」??

ホワイトハウスが、マクリスタル中将のアフガン戦略のスピーチに立腹… (10/5, By Alex Spillius in Washington, The Telegraph UK)

 米政権に近い情報筋によると、McChrystal中将(米軍・NATO軍のアフガン総司令官)が先週、ロンドンで無遠慮なスピーチを行ったことが、大統領のアドバイザーたちにショックを与え、彼らを立腹させた。
 そのスピーチの翌日、彼は大統領に呼ばれ、シカゴでのオリンピック開催のプロモーション(不首尾に終わったものの)のためコペンハーゲンのTarmacについたオバマ大統領と、エアフォース・ワンのなかで25分のあいだ差し向かいでぎこちなく話をした。

 明らかに司令官に対する非難の意を表わしながら、国防長官のRobertGatesはこういう、「一般市民であろうと軍の関係者であろうと、こうした“熟慮”に関わる我々のすべては、大統領に対して自分のできるベストなアドバイスを率直に、しかし、個人的に伝えなければならない」、「理想的にいえば、軍事的なことがらに関するアドバイスは、命令系統に従って伝えられるべきだ」

 大統領が、McChrystal中将に対して発言をトーンダウンすべきだといったかどうかについて尋ねられて、彼(Gates国防相)はCBSにこう答えた、「自分はそこにはいなかったので質問には答えられない。しかしそれは、彼らにとってお互いによりよく知り合う機会になったことだろう。私は、彼らが直接的に見解を交換し合っただろう、と思う」

 オバマ政権のあるアドバイザーはこういう、「人々は、McChrystalがナイーブな人間なのか成り上がり者なのか判断しかねている。私の目には、彼がワシントン流の“厳しいやり方”(ハードボール)に慣れているとはみえないし、たぶん、彼は単に考えを率直に開陳しすぎたのだと思う」

 アフガニスタンで10万のNATO勢力と並び、6万8千の米軍兵力を統率しているMcChrystal中将はロンドンで、対アル・カイダの作戦において無人偵察機(drone)による空爆と特殊部隊の作戦行動に、一層依存度を高めようという提案をきっぱりはねつけた。

 彼はIISS(the Institute of International and Strategic Studies)に対して、副大統領のJoe Bidenにも支持されたそのような方法は、アフガニスタン・パキスタンを“Chaos-istan…《混乱のStan…》”に導くものだ、と述べたのだ──彼はその方法を支持するかと訊かれて、「私の短い答えは“ノー”だ」、といった。

 彼はそしてこう続けた、「待っていても好ましい結果が長続きするというわけがない。そのような努力には、無限に続く勝ち目などないのだ、そして世論の支持を得られるものでもない」

 この言葉は、オバマ政権の一部からは、ホワイトハウスでの論議がスローペースなことへの辛らつな批判とも受け取られた。McChrystalは大統領の求めに応じ、8月31日にアフガニスタンの情勢に関するレポートを提出したが、オバマはそれに対して先週彼の、2回目のプリンシパル・ミーティング(重要会議)を開いただけなのだ。

 彼は今週、少なくとももう一回は会議を開くだろうが、McChrystal中将の進言にどの程度したがい、4万の追加米軍兵力を送るかどうか、を決定する為にさらに数週間を要するだろう。ある軍事エキスパートはこういう、「彼らにはいまだに協力関係はあるが、現時点でそれはあまりよいものではない」
 コメンテーターのうちの幾人かは中将のロンドンでの発言を、上官に対する不服従の寸前にある、と評した。

 Yale大学の憲法学のエキスパートBruce Ackermanは、ワシントンポストに対してこういう、「司令官として、McChrystalはそんなパブリックな声明を発する立場にはない」
 彼はまた上級軍人がそのように、「大統領にたいしてパブリックな場で彼の戦略を受け容れるようにプレッシャーを与える」ということは、とても普通ではない、と付け加えた。

 ホワイトハウスと同中将との関係は、アフガニスタンでの同盟国のミッションについての、彼のインウツな情勢レポートが漏洩されて以来、気まずいものになっているという。その時以来、ホワイトハウスの側近たちは大統領に、中将の忠告とは反する内容のブリーフィングを続けているという。

 中将はその後、(ロンドンでの)スピーチ同様の率直なインタビューをいくつも行っている。彼はNewsweek誌に対して、アフガニスタンでの中途半端な戦略には、断固反対すると述べている。「建物の半分が焼けるのにまかせた後に、その火事が鎮められるわけがない…」

 軍とホワイトハウスの間の亀裂が深まるにつれ、軍の上級幹部たちは、ホワイトハウスが事態に迅速に対処できないことを批判し始めている。
 彼らは、McChrystal中将が進言する大きな地上兵力なしにはアフガンでのミッションは失敗に終わり、タリバン勢力が戻るだろうとの観測を隠そうとはしない。

 国防長官の前・アシスタントであるLawrence Korbは、「もしも事態が悪化した場合に、人々は自分らが何を頼んだかということをよく認識しておいてほしい、と彼等は望んでいる」、といった。

 批評家はまた、オバマ大統領がコペンハーゲンでの接触の前に、McChrystal中将には6月にたった一度しか会ったことがなかった、と批判している…
http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/northamerica/usa/barackobama/6259582/White-House-angry-at-General-Stanley-McChrystal-speech-on-Afghanistan.html#

*McChrystal中将は元NFLのPat Tillmanのアフガンでの戦死事件(同僚の射撃によるフレンドリー・ファイヤで死亡した)に関する隠蔽疑惑で、米国民の間では就任当初から疑念をもたれているらしいhttp://tinyurl.com/yl2bdr5
*でも、このLeMondeの記事訳によると疑惑はそれどころではないようだ…これが真実なら、オバマが彼を何故起用したのかが疑問になる… http://tinyurl.com/yfy6y5j

Tuesday, October 6, 2009

ペトラエウス大将は何処に?/Voice of Bush’s Favored General Is Now Harder to Hear - By ELISABETH BUMILLER


アフガンついて兵力増派の議論が続き、なかなか答えが出ない今…
セレブリティな元司令官David Petraeus大将は、
このところどうしているのか?


[ミリタリー・メモ]:ブッシュのお気に入りの軍司令官の声を聴くのは一層困難になりつつある─(10月4日、NYタイムス)

 イラクでの「米軍増派戦略」の“顔”で、ブッシュ前・大統領のお気に入りでもあったDavid H. Petraeus大将は、先週ホワイトハウスの緊急対策室・Situation Roomでの大きなアフガン戦略会議の最中に、“数回にわたり”大声で話しだしたり、オバマ大統領から意見を求められたりもした…と会議のある参加者はいう─そして今週、彼はあと2つの会議にも参加する予定だという。

 しかし、大将の最も身近な側近によれば、表面的には良好な相互関係の裏で、このセレブリティ司令官はオバマ氏のホワイトハウスにおける新しい現実に直面しているという:彼はいまも会議のテーブルについてはいても、以前とはとても異なる席にいる。

 かつて、イラクとアフガニスタンの戦争を監督していたこの男は…ブッシュ前・大統領がその任期中に毎週1時間の定例会議中の20分間をさいて、バグダッドからのビデオ中継で彼に見解を述べさせていたのとは異なり…もはや、国防委員会の会議で最も大声で意見を述べる人間の一人ではない。ワシントンの報道エスタブリッシュメントでも、キャピトル・ヒルの重要連絡先やメール交換の網の目のなかで…もはや大佐は2007年の9月にメディアの爆発的な注目を浴びつつ行ったように議会での証言をしたり(註:2007年9月に彼がイラク情勢の動向と米軍増派の是非についての重要なPetraeus報告を行った…)、3日間で34本ものインタビューを受けたりする人物ではない。

 そうした変化はワシントンで、Petraeus大将が2012年の大統領選に出るか否か、についての憶測も焚きつけている…彼のアドバイザーは、それはばかげている、という──しかしごく間近な政策という意味では、それは現今のアフガニスタンに4万の増派兵力を送るかどうかの政権内での議論において、軍の立場をはっきり擁護できる人間が一人減ったことを意味する。

 Petraeus大将の側近たちは、今や彼をプライベートに“Dave the Dull”(うすのろデイブ)と呼んでいる…大将は今、ホワイトハウスとの対立をさけるため戦争に関してのパブリックな場での熾烈な議論から身を引いて沈黙を守っているのだ、といって─(ホワイトハウスは、彼ら軍のスーパースターたちからのプレッシャーを受けることを嫌っており、また特に大将の抱く野望については用心深くなっているのだ、とする─)

 大将の側近たちは、彼のホワイトハウスとの関係をより率直に語るには匿名で語らせてほしい、とリクエストした。
 「Petraeus大将は、政治家の人生に興味があるとは誰にも仄めかしたことはないし、実際に彼は多くの機会で、それには興味がない、といっている」と、オハイオ大学で軍史を教える退職陸軍大佐Peter Mansoorはいう(Mansoor氏はPetraeus大将がイラクにおいてトップ司令官だった際、彼のエグゼクティブオフィサーを務めていた)

 「彼の国民的な人気から、彼がよい大統領候補になるだろうという人々がいるが、そうした言い方をすることは、現政権が彼をやや疑いの目でみることを招くだろうと思う…」─ Petraeus大将のアドバイザーたちは、オバマ氏がみずから選んだ「アフガニスタンでの公的な顔」であるStanley A. McChrystal中将を任命した今日、Petraeus大将は一歩後ろに退いているのだという───McChrystal中将は、先週もCBSの番組“60 Minutes”のなかで、オバマ氏に大統領専用機エアフォース・ワンで会談し、彼がロンドンで行った”戦争の規模縮小については拒否する”という内容のスピーチの一部も使ったのだ─)

 ともあれ、McCrystal中将が公けの場で述べたコメントは、Petraeus大将がこの討論が続くあいだは慎重に後ろに退いている可能性がある──ことの証明なのかもしれない。日曜日には、CNNのJohn Kingが、ナショナル・セキュリティ・アドバイザーのJames L.Jones中将に、「制服姿の軍人が公の場で、オープンに兵力の増派を求める要請を行うことは適切なのだろうか?」とたずねたとき、James L.Jones中将は「…理想的には軍の命令系統に従ってなされることが、軍事的アドバイスとしてよりベターだろう」と述べていた。

 Petraeus大将の黙した声がどれほどオバマ氏の戦争への決断に影響を与えるかは不透明だが、彼と親しい人たちは、公けの場で声を上げないことが彼に、彼自身がディベートの内部から影響力をもつより大きな信頼性を与える可能性があるという。…別の人々たちはまた、彼の一層の影響力は単にミリタリー・アドバイザー・チーム(McChrystal中将と、Mike Mullen提督も所属する)の一員として行使するものになるという。

 これらの男たちは結束して、アフガニスタンでの米国の努力に必要なことが何か、を考えているが──しかしMcChrystal中将と近しい立場で仕事しているPetraeus大将が言うには、先週、McChrystal中将の行った兵力増派の要請への支持を彼はいまだに表明していないという。

 Petraeus大将とオバマ氏の関係について明白なことは、それが…昨秋Petraeus氏が、ワシントンの山々に一緒にサイクリングに出かけたブッシュ大統領との絆ほどのものではないということ、あるいは2008年の大統領選でオバマ氏と対立したMcCain候補(McCainの側近たちは一時期、Petraeus大将を、副大統領候補としてのランニングメイトに指名する可能性をもらしていた)との絆ほどではないということだ。

 ─その時期まではPetraeus大将は彼自身でも、自分が将来大統領候補として出る可能性について話していたのだ…そのことを未だに、ホワイトハウスの側近たちは心配している。

 しかしオバマ氏のトップアドバイザーたちによれば少なくとも、「大統領はそのようには考えていないし、副大統領もそうは考えていない」…ホワイトハウスの主任大統領補佐官、Rahm Emanuelはそういう。「大統領は、Petraeus氏が彼自身の洞察力で、8年目に入り看過されている戦争の状況を好転させてほしいと願っている」、のだと。

 Petraeus大将のアドバイザーたちは、軍事的に偏りのない視点を保つために彼は、2003年まで少なくとも(大統領選に)票を投じなかったのだという。そして彼は彼と彼の妻が所属するニューハンプシャー州の予備選挙に選挙人登録するかどうかも未だ決めていない。大将は昨年、New Yorker誌が掲載した長々しいプロフィールの記事でも共和党共和党員として描写されているが、彼と親しい軍の上級幹部は先週、彼の支持政党については特定できないとも語った。

 ところで、Petraeus大将は彼の自宅のあるTampaとワシントンのあいだを頻繁に往復していて、ワシントンで先週彼はアフガニスタンの外務大臣と会った。彼はまた現政権のアフガン・パキスタン戦略の特別代表Richard C. Holbrookeともディナーを共にした。また、大将はキャピトル・ヒルも訪問している。

 しかし、オバマ大統領が意思を決し、そしてPetraeus大将をそこに派遣するかどうかを決めるまでは、Petraeus司令官は頭を伏せていなければならない。「彼はこのような地雷原をどうやって渡るか、を知っている…」と軍の前副参謀のJack Keaneは言っている。
http://www.nytimes.com/2009/10/05/world/05military.html?_r=1&hp

Saturday, October 3, 2009

《8年目の911…50の問い》/Fifty questions on 9/11 By Pepe Escobar


9/11の未だに解決されない疑問点─
8年目の今、ペペ・エスコバルが新たにピックアップした!


9/11についての50の問い By ペペ・エスコバル (9月11日、AsiaTimes)
  
8年の月日を経たいま、9月11日が完全に再来している… ジョージ・W・ブッシュ政権は舞台から去った。そして“テロとのグローバルな戦い(global war on terror)”は続いている…バラク・オバマの政権によって、それは"海外での有事についての作戦 overseas contingency operations"と改名されたものの。

 オバマの“新戦略”─つまり戦争のエスカレーション(戦争を徐々に拡大する政策)─はAfPak(アフガン・パキスタン戦略)において展開中だ。Osama bin Ladenは死んだかもしれず生きているかもしれない。"Al-Qaeda"は全ての心を捉える幽霊のような存在だ。9月11日─ネオコンたちの"新しいPearl Harbor"─は、若い21世紀の最も暗いジグソーのままだ。

  米国の支配層メディアやエリート政治家たちが真実を明かすように要求したり、2001年9月11日の米国への攻撃について徹底調査を求めるよう、期待するのは無意味だ。ホワイトウォッシュ(誤魔化し、取り繕い)こそが標準のnormなのだ。しかし、いくら既存の権力が、Dr.ズビグニュー・ブレジンスキーの"大いなるチェスボード(Grand Chessboard")の議論《*註:米国のユーラシア大陸での国際戦略を描くブレジンスキーの著書の題》等に光を当てても、前の国家安全保障アドバイザーのブレジンスキーは、ポスト9・11の“対テロ戦争”に関し、米国議会が“歴史をまるで神話のように語っている…”と認めている。

 次に掲げた多くのパートからなる質問は──9/11調査委員会によってもほとんど完全に無視された点ばかりだが…9・11の巨大な氷山の一角に過ぎない。これは、911 truth.orgや、whatreallyhappened.comが根気よく行ってきた問題提起…9/11 truth運動を構成したアーキテクトやエンジニアたちによるもの、イタリアのドキュメンタリー“Zero”による9/11の調査、Asia Times Onlineの読者からのEメール、などによるものだ。

 これらの質問にはどれにも納得できる答えが出されたことがない…オフィシャルな語り口においては。それは米国の市民社会が、圧力を維持できるかどうかにかかっている。この事件から8年がたち、緊急に導かれる根源的な結論とは: 9/11のオフィシャルな証拠は受け容れがたい、という結論だ。

Fifty questions (50の問い…抜粋)

1) 生死不明のままのOsama bin Laden は、なぜ連邦捜査局(FBI)によって、9/11事件の責任ある犯人として未だに公式に訴追されないのか?それは米国政府が…FBI自身も認めるように…結論を導くことのできるひとつの証拠すらも得ていないからなのだろうか?

2) なぜ当局は、19人のかみそり刃のボックス・カッターを持つモスレムといわれた実行者たちの全員を、72時間以内に──犯罪の現場検証もされない内に犯人だと特定できたのか?

3) なぜその19人のうちの一人の名前すら、事件当日ユナイテッド航空とアメリカン航空によって公表された乗客リストのなかに載っていなかったのか?

4) なぜ、FBIの最初の“オリジナル”リストに載っていた人名のうち8人は、別の国で生存していることが偶然にも判明したのか?

5) なぜ、信心深いジハード戦士だったMohammed Attaは、飛行機操縦のビデオ・マニュアルとユニホームと、彼の最後のメモを(自爆ミッションに向かっていると知りつつ)、彼のバッグの中に残したのか?

6) なぜMohammed Attaは、6つもの米国海軍の訓練基地のハブ(中枢地点)にあるOpa Lockaでフライト・シュミレーションを学んだのか?

7) なぜMohammed Attaのパスポートが、フライト・レコーダーの1つも発見できなかったWord Trade Centerの瓦礫のなかから、魔法のように見つかったのか?

8) 誰が、これらの4つの航空便から姿を消したこの─破壊不可能な──8つのブラックボックスを持っているのか?

9) 米国内で出ていた、テロの可能性を示す複数の非常警報(レッド・アラート)のことを想起すれば─前国務長官コンドリーサ・ライスの悪名高き2001年6月のメモを含めて─ コンピュータ制御の空路をはずれてレーダーの追跡から逃れていた4機のハイジャック機がなぜ、米国の上空を1時間半以上も自由に飛びまわれたのか?─そのときペンタゴンの防衛システムを作動不能状態にしたことは言うまでもなく?

10) なぜ米国空軍長官だったJames Roche はWTCに衝突した2機の旅客機(ニュージャージーのMcGuire空軍基地から7分しか離れていない地点にいた)の阻止すらも試みず、またペンタゴン(McGuire基地からたった10分の距離の)への衝突も阻止しようとしなかったか?Rocheにはペンタゴンに旅客機が衝突するまで75分間以上も時間があったのに?

11) なぜGeorge W.Bushはフロリダの学校で "My Pet Goat"(私の山羊さん)の話を繰り返し、シークレットサービスによって即座に“逃亡”させられなかったのか?

12) ブッシュは、どうやって最初の飛行機がWTCにぶつかったのをライブで見ることができたのか─彼があとで、そうと認めたように?彼はそれについての事前知識があったのか…それとも彼は超能力者だったのか?

13) ブッシュは彼とAndrew Card が、当初、最初のWTCへの衝突は小型機の事故だろうと思ったと言った。FAAもNORADも、そのとき既にそれはハイジャックされた飛行機だと知っていたのに、それは何故なのか?

14) 4機の異なる飛行機の自動発信応答装置(トランスポンダー)のスイッチが殆ど同時に、同じ地理的エリア(国の権力の中枢ワシントンからの至近距離)にありながらオフだった奇妙な状況がなぜおきたのか、そしてなぜ誰もペンタゴンまたは報道メディアに我先にコンタクトをとらなかったのか?

15) 国防長官のDonald Rumsfeldは、アンドリュー空軍基地には出動可能な戦闘機がなかったと当初、メディアで報道され、その後の訂正で─空軍機はあったものの高度警戒態勢にはなかった、とされた理由を説明できるか?

16) なぜ、ワシントンのDC Air National Guard が9/11にはAWOL(無断欠勤状態)だったのか?

17 ) なぜ、ニュージャージーのMcGuire空軍基地のジェット機が、7分以内にそれが遂行可能だったにも関わらず、2機目のハイジャック機がWTCに衝突することを阻もうとしなかったのか?

18 ) なぜAndrews 空軍基地の空軍機はたった16キロしか離れていなかったペンタゴンに衝突する航空機を妨げなかったのか?そしてその件で、なぜペンタゴンはその衝突の全貌のビデオを公表しないのか?

19 ) 多くの熟練航空機パイロットたち─米国の同盟国、エジプトの大統領・元戦闘機パイロットのホスニ・ムバラクを含めて─が暴露しているように…、よほど優秀なパイロットしかあのハイジャック機の行ったような複雑な飛行はできないといい、また他の人々は、リモートコントロール以外では不可能だという。つまりそれは、ハイジャッカーたちがそうした熟練技術に達していたことを意味するのか?

20) なぜ多くの目撃者たちが、WTCの2つのタワーのなかで何回もの爆発があったのを目撃し、その音も聴いたと誓って証言するのか?

21) なぜ、多くの名声ある建築家や技術者たちが頑固に主張するごとく─「ツインタワー」の史上まれな崩壊、そしてWTCの7号棟の崩壊(航空機が衝突したわけでもないのに)が、オフィシャルになされている説明ではまったく説明できないのか?

22 ) WTCの建築監督だったFrank de Martiniによれば、「我々はこのビルをもう一機の航空機の衝突に耐える強さに設計した」という。2機目の航空機は、タワー1をほとんどかすめただけで、大半の燃料は同タワーの外で燃えた。しかしタワー1は最初に倒壊した─1機目によって「大穴をうがたれた」タワー2が崩壊する大分前に。ジェット燃料はすばやく燃焼し、タワーの主柱の6本の鋼鉄製チューブを傷めるほどの2000度の高温には達しない(その柱はボーイング707の衝突によっても倒壊しないように設計されていた。)707はかつてボーイング757や767(実際に衝突した機種)より多くの燃料を積んでいたのだが。

23 ) なぜ、市長のルドルフ・ジュリアーニはWTCの瓦礫をリサイクルせず、即座に中国とインドに送ることを許可したのか?

24 ) なぜ、ペンシルバニアで墜落した航空機の残骸は墜落地点から13キロ以内で発見されたのか?同機は実際に撃墜されたのか─チェイニー副大統領の命令によって?

25) アフガニスタンのパイプラインへの疑問──なぜ、米国大使 Wendy Chamberlainは2001年10月10日にパキスタンの石油大臣と電話で喋っていたのか?それは彼に、1990年代にタリバンによる道路通行料の要求に阻まれて放棄されていたUcnocal社のガス開発事業TAP(Turkmenistan/Afghanistan/ Pakistanでの)のビジネスが再始動したと話していたのか?(2ヵ月後に両国の間でそのパイプライン建設の合意が締結されたが)。

26) なぜ、前ロビイストでかつてブッシュのペットだったアフガン人のZalmay Khalilzadがアフガンに(米国のアフガニスタン大使として)赴任したのか?

27 )なぜ、パキスタンの前外相であるNiaz Niakは2001年の7月中旬に、米国はすでに10月までにOsamaBin Ladenとタリバンを攻撃すると語ったのか?その話題は、パキスタンの外交筋によれば、7月のジェノヴァでのG8サミットの場で秘密に語られたというが?

28) なぜ、当時駐イエメンの米国大使Barbara Bodineが、2001年7月にFBI捜査官のJohn O'Neill にAl Qaedaの資金供給に関する捜査を打ち切るようにと要請し──、その直後にO'Neill はWTCのセキュリティーに関する仕事に異動させられ、そこで彼が911に死んだのか?

28 )タリバンとパキスタンの諜報部(ISI)の関係を考えるに、そしてISIとCIAの関係を考慮した場合、いったいBin Ladenは生きているのか死んでいるのか?もしくは彼は、依然としてISIにとって、またはCIAにとっての価値ある存在なのか…あるいはその両方にとってなのか?

30) Bin Ladenは実際に2001年の7月4日に、パキスタンのクエッタからの空の旅の後、UAEのドバイのアメリカン・ホスピタルに入院して7月11日まで治療を受けていたのか?

31) Bin Ladenグループ は1980年代の対ソビエトのジハード戦の時代に、トラボラの洞窟(caves)をCIAとの緊密な協力のもとに作ったのか?

32) なぜトミー・フランクス将軍は、Bin Ladenが2001年の11月末にTora Boraに隠れていると確信できたのか?

34) なぜ、ジョージ・ブッシュはBin Laden Task Force(ビン・ラディン捜査タスク・フォース)を9/11以前に解散したのか?

35) なぜ、Bin Laden の偽造のホーム・ビデオ──彼がそのなかで9・11の実行犯だと“告白”する物──はそれが11月9日に制作されたたった2週間後の2001年12月13日に公開されたのか?それは本当にJalalabadで発見されたのか?(北部同盟も、米軍もまだそこに到達していなかったのにも関わらず?)誰が発見したのか?ペンタゴンはその最初の下手くそな翻訳版のあと、なぜ新しい翻訳版を出さねばならなくなったのか?

36) なぜISIのMahmud Ahmad主任中将は2001年10月8日、米軍がアフガニスタン空爆を開始した日に突然”退職”したのか?

37) Ahmadは9月11日の週にワシントンで正確には何の用事があったのか?(彼は9月4日にそこに到着しているが?)9月11日の朝、Ahmadはキャピトル・ヒルでBob GrahamとPorter Gossと朝食を共にした── 彼らは共に後に9/11 Commissionのメンバーとなったが、同委員会はこの2人のメンバーに関する調査をすっかり拒否している。Ahmadはまた、9月12、13日に国務省のRichhard Armitageと朝食をとり(パキスタンが”対テロ戦争”への協力について交渉していたとき)そして彼はCIAとペンタゴンの、全ての高級幹部たちに会っている。9月13日にはMusharraf首相が、Ahmadをアフガニスタンに送りタリバンに対しBin Ladenの引渡しを求めさせるつもりだと語っている。

38) ISIの内部の誰が、2001年夏にMohammed Attaに──インドの諜報部の主張によると…Ahmad自身の指示のもとで──10万米ドルを送金したのか? その人物とは本当に、ISIの工作員のOmar Sheikh…(BinLadenのITスペシャリストで、後に米国のジャーナリストDaniel Pearlをカラチで暗殺する作戦を遂行した人物…)だったのか?つまりISIは9・11に直接つながっていたのか?

39) FBIは、2001年の9月8日にニューヨーク市のヘルムズレイ・ホテルのHarry's Barで、Mohammed Atta とMarwan al-Shehhiに逢っていたという2人の影の人物について捜査したのか?

 ……以下略
http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/KI11Ak02.html

*911の陰謀論を説く911Truth.Orgに熱心な人や未だにその疑問を論じ合う人は欧米のネット上でTruthersとかTroofersとか呼ばれている…この運動は2005,6年頃に盛り上がりを形成し米政府に再調査を要求したりした──このTrutherのサイトが、Escobarの上記リストの主なソースにもなっている。(疑問点がカテゴリー分けされていて、分かり易い─Van Jonesもこのサイトの声明に署名していたとのことで、解雇の理由にされた…)
  ↓
THE TOP 40(Tuesday, May 16 2006) - 

REASONS TO DOUBT THE OFFICIAL STORY OF SEPTEMBER 11th, 2001
http://911truth.org/article.php?story=20041221155307646

*Escobarは、翌週に幾問かの追加の問いをAtimesでさらに掲載している:
More questions on 9/11 By Pepe Escobar
http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/KI18Ak02.html