Wednesday, April 17, 2013

エル・コマンダンテは、会場を後にした…  - El comandante has left the building - By Pepe Escobar

チャベスの死に関する、ブラジル人ジャーナリストのペペ・エスコバルによる記事…

エル・コマンダンテは、会場を後にした…  - El comandante has left the building By ペペ・エスコバル(3/6, Asia Times)  (抄訳)


 (冒頭 略…) エル・コマンダンテ(ザ・司令官)は、もう、 コンサート会場を後にしたのかもしれない…その身体をガンに打ち負かされて。しかし死後の悪魔化というものは、永遠につづくことだろう。そこにはカギとなるような、特に際立つ理由があるのだ…つまり、ベネズエラは世界最大の石油を埋蔵しているのだ。ワシントンと、その崩れかかったカフカ風の要塞(…EUとしても知られる)は、ともどもに、「All You Need Is Love」の唄を…それらの、不気味なほど封建的なペルシャ湾岸の石油君主たちに対して、(「人々に」対してではなく…、)ノン・ストップで歌っている… 彼らの石油への返礼として。そしてこれとは対照的に、ベネズエラのエル・コマンダンテの抱いたのはそれを覆すようなアイディアだった石油による富を、少なくとも多くの彼の国民の苦しみを軽減するために使う、という。西欧のターボ付き資本主義は(よく知られているように)富の再分配や、共同体主義(コミュニタリアン)の価値の促進のためにそれを用ることはしない。

私はお前を憎む、カブロン I hate you, cabron
 
  外務省の情報によれば─副大臣のニコラス・マドゥーロが、(国民議会のリーダーで軍 のリーダーにとても近いディオスダード・カベーロではなく)…新たな選挙が30日以内に行われるまでの暫定的な権力を持つだろうという。そしてマドゥーロは容易に選挙に勝てるだろう…ベネズエラの政治的野党は、四分五裂したジョークの如き状態あるのだから。そしてこれは、チャベスのいないチャヴェス主義というものを繰り出すことにもなるだろう…巨大な、汎アメリ カ的・汎ヨーロッパ的な嫌・チャベス主義の家内工業を推進する輩にとっては大層、悔しいことだろうが。
  エル・コマンダンテが、広大なラテンアメリカの地域において大いに人気を高めただけでなく、グローバル・サウスの全域においてもそうであったことは偶然の出来事ではない。こうした「人々(people)」とは(─それはバラク・オバマ的な感覚でいっているのではないが)、明らかに、ネオ・リベラル主義と貧困の拡大(今 やヨーロッパの何百万もの人々もそれを実感している)との間に、関連性を見出している。特に南米においては、ネオ・リベラル主義〈新自由主義)に対する人々のリアクションというものが、過去10年間の間に、ベネズエラからボリビア、エクアドル、そしてウルグアイで…、民主的選挙を通じて左翼的政府が相次樹立される…という波を惹き起こしてきたのだから。

  ブッシュ政権は(少なくとも)それを毛嫌いしていた。彼らは、ブラジルのルラ大統領に対しても、何も手出しが出来なかった─ルラは賢明なオペレーターとして、ネオリベラルの 衣をまとっていたのだ…(ウォール・ストリートは彼を愛した)しかし彼はそのハートにおいては、プログレッシブであり続けた。ワシントン(1960年代から70年代 を反映して引き続いたクーデターをなくすことが出来なかった者たち)は、チャベスは弱い提携関係しかもたないだろうと考えた─かくして2002年4月の クーデターが、富裕な事業家によって支援された軍事的な一党に率いられて、起こされた。米国が支援したクーデターは48時間しか持たず、チャベスは─「人々」(本物の)と、そして軍の大半の支持を受けて正式に 権力へと復帰した。
 それゆえ、コマンダンテの死の数時間前にマドゥーロから出された宣言というものには、何ら予測を超えていたものはない─つまり、ベネズエラ軍の一派とともにクーデターを企てた(…それ以外に何があろうか?…)として告発された、米国大使館の二人の職員─エア・アタッシェのDavid Delmonacoと、アシスタント・エア・アタッシェのDevlin Costalは、24時間以内に追放されることだろう、と彼が述べた宣言には。彼らグリンゴ(アメリカ人)たちは、けして〈過去の教訓に)学ぶことはないのだ。

  チャベスの信奉者たちの間にある大きな疑念、すなわちエル・コマンダンテが毒を盛られたのだろうということ…(それは2004年にヤセル・アラファトに起こった事 件の入り組んだリプレイでもあるが)…もまた、予測されていたことだ。それはアラファトの時と同じく、非常に放射能値の高いポロニウム210だった可能性がある…それが そのハリウッドの好きなCIAたちの考えたかも知れないことだ。

すべては揺り動かされ All shook up

  今や、チャベスがいかなる革命家だったのか、という意見が募られている。彼は常に、毛沢東からチェ・ゲバラに至るまでの全ての革命家たちを礼賛した。彼は確か に、とても熟練したポピュラーなリーダーであり、100年にわたるラテンアメリカの従属のパターンというものを見極めた、すぐれた地政学的な目をもっていた。かくし て、彼は常に、ボリバルからマルティに至るヒスパニックの革命家というものの伝統について、口にしていたわけだ。

 チャベスが唱えるマントラとは、ラテンアメリカがよりよい統一を成し遂げるための唯一の方法論であり、そして彼のすべての衝動─すなわち─彼が、ALBA (the Bolivarian Alliance) からPetrocaribe、そしてBanco del Sur (the Bank of the South) 、UNASUR (the Union of South American countries)などにいたるまでの組織を組織化することへの衝動が…そこにあったのだ─。


 彼の「21世紀の社会主義」というものは、普遍的価値の精神の追求が、あらゆるイデオロギー的な拘束衣をも超えて、なされたものなのだ(ターボチャージされた金融資本主義の腐敗への解毒剤として─)…新マルクス主義者の学問的分析などを行うよりも…。

  ゴールドマン・サックスのギャングとその仲間たちは疑いなく、彼を黒死病よりも悪しきものとみたに違いない。ベネズエラはスホーイ戦闘機を購入して、 BRICSのメンバーのロシアと中国との戦略的同盟をも結んだ─他のグローバル・サウスのアクターたちはいうに及ばず、そして3万人以上のキューバの医師た ちが、貧困層のコミュニティで予防薬を使用し続ける活動の維持をはかった─そしてそれは多数のベネズエラの若者たちが薬学を学ぶことをも促してきた。
 ここに、人々に知られるべき、大方のストーリーを物語る明瞭な数字がある。ベネズエラの公共財政赤字とは、GDPのわずか7.4%だったのだ。公共負債はGDPの51.3%であり、それはEU諸国の平均よりはるかに低い。公共部門は、「コミュニスト」的だとの黙示録的な非 難にもかかわらず、同国の経済規模のたった18.4%を占めるのみで…その割合は国家主義的なフランスよりも低く、スカンジナビア全域のものからさえも低い。石油に関する地政学に 関しては、OPECによってその引用はなされたものだ、それゆえベネズエラが米国により少なく石油を輸出しているとは、同国がその顧客を多様化していると いうことを意味する(そして戦略的な友である中国にずっと、ずっと多く輸出している)

 そしてまた、決定的な事実は…:貧困率は1996年に国民の71%だったが、2010年に21%に減少した、ということだ。ベネズエラの経済を確かめたいなら、ここ. をみるとよい。
 
 何年も前に、ガルシア・マルケスのような優れた小説家は こう言ったのだ─、エル・コマンダンテの秘密は…「それは彼が偉大なるコミュニケーターであるということだ、彼は"people(人々)"の一人なのだ、 <そのPeopleとは、バラク・オバマ的な感覚による意味ではないが>…その肉体的外見からも、ふるまいのくせや、宴会好き(社交的)な態度、言葉遣い (同じことはブラジル人の多くにとってルラ大統領にもあてはまるが)…に至るまでのすべてが」
 それゆえ、オリバー・ストーンは映画市場を見やって、ガルシア・マルケスにチャベスを小説的方法でWalhallaに推挙してほしい、とも願っていた。(*Wlhallaとは…北欧神話戦いで生命を落とした英雄たちの魂が最高神のもとに集る殿堂) ─そして、このことは確かだ…つまり、グローバル・サウスの語り口従えば歴史は、エル・コマンダンテがすでに会場を後にしたのだと記すことだろうが…しかし、彼の後にはその会場は二度と同じものではなくなった、ということだ…。



 

 *前記事のホアン・コールやNYタイムズの書き方に比べると、チャベスに関しては書き手によってずいぶん捉え方が異なっているペペ・エスコバルはラテン・アメリカやグローバル・サウスの立場でチャベスの追悼を書いている・…ペペ自身が、ラテン・アメリカ人だからだろう
  
  (─それに対して、前記事では)、ふだんは右翼嫌いのホアン・コールも、しょせん米国人として米国の悪口を言われることが嫌いなのか、かなり批判的に書いていた 
 NYタイムズはもちろん反米主義には批判的でも、リベラルたらんとしてい前記事:平原生まれの少年ウーゴ・チャベス、格好ばかりの左翼のリーダーとなる…
 
 ─それに対してペペ・エスコバルはラテン・アメリカやグローバル・サウスの立場でチャベスの追悼を書く…ペペ自身が、ラテン・アメリカ人だからだろう…