Thursday, August 15, 2013

トルコの春を制するのは、はたして…催涙ガスのキャニスターなのか?それとも、ヨーガなのか? Will gas canisters or yoga prevail in Turkish spring? By Paul Mason


トルコの春を制するのは、はたして…催涙ガスのキャニスターなのか?それとも、ヨーガなのか? By ポール・メイソン Will gas canisters or yoga prevail in Turkish spring?(6/8, BBC) 

イスタンブールでは、レセプ・タイープ・エルドアン首相が掲げた「デモを止めよ」との要求にもかかわらず、タクシン広場やその他の地域での反政府デモが続いている。

  私が子供の頃には、サッカーボールは皮革でできており─水に濡れたボールをヘッディングしたときには…少々ボーッとなるような、びっくりする感覚を覚えた瞬間…自分自身が飛ばされていたものだ。

 それはちょうど、私の頭にCSガスのキャニスターが当たった瞬間の感覚でもあった…もしも、ヘルメットを被っていればの話だ。 もしも、ヘルメットを被っていなかったなら…眼球も飛び出ていたかもしれず、あるいは、頭蓋骨が陥没していたかもしれない…そして、白いヘアネットと、大きなパットの付いた包帯のお世話になる。

 それは私が、タクシン救急病院のドクターをインタビューしたとき、彼がつけていたものなのだ─彼はドクターの白衣を羽織り、頭に白い包帯を巻いていた。彼は、CSキャニスターで頭を撃たれた誰かを治療しているさなかで、自らも弾に当たっていた。

   私も、弾の当たった誰かをビデオ撮影していた最中に、弾に当たった。しかし私は、ヘルメットを被っていたのだ。 「奴らは、人々をターゲットにしている」…と彼は言った。

 「彼らは恐らく、遠距離から撃っているようなのだ…だが照準器でクローズアップして、あなたに真っ直ぐ狙いをつけている─」  彼は、私に空のキャニスター(催涙弾の弾筒)の一つを見せてくれた─そして、その周辺には…怪我を負いながらも、そうしたキャニスターを沢山、土産物のようにぶら下げて歩き回る、多くの人たちがいた。

 私はその弾筒の端を、私のヘルメットの半円形の穴に差し込んでみた。その弾筒は、穴に完璧にフィットした。 人々の中には片眼を失った人や、頭部に重傷を負わされた人もいる。

 日中、あたりに催涙ガスのないときには、タクシン広場はフレッシュな顔つきの溢れる、若々しいモダニティのフェスティバルのような場所となる。 その広場の草地は、1メートルごとに…座ったり、占拠(スクウォット)したり、タバコを吸ったり、寄り添いあったり、昨夜の暴動の際の彼らの写真を眺めたり、お互いの体のアザをみせあったりする人々によって、覆われる。 人々が、あなたに近づいてきて、無料のビスケットや水のはいったボトルをとるように、とも要求する。

 そして、ここではレオタードを着た100人の女性がおり…彼女たちは、ヨーガのマス・フリー・セッションに参加している。向こうの方にはまた、「反資本主義のムスリムたち」。と書いたバナーの下に集う、ベールを被った女性たちもいる。

  私はこういう光景をすべて、以前にも見たことがあった─ギリシャのシンタグマ広場や、スペインのインディグナードスたちの集う場や、タハリール広場のロータリ―で。

  「トルコの社会は、宗教的ま保守派と、それ以外とに」、50対50に二分されている…そして、そこには、プラタナスの木々の間を隔てる悲しみの帷(とばり)…について、説明するような違いが存在している。」

  トルコでは、世俗的な、都会に住む、教育レベルの高い若者たちとは政治的マイノリティなのだ。 イスタンブールから車で3時間の小さな街である、アリフアトパサAlifuatpasaでは、トルコの春が発生することはない。 そこには、パン屋と、モスクと、そして…毛糸で編んだ帽子を被る、年輩の男性たちが腰を下ろし、昔話をしている茶房(ティー・ショップ)がある。

 アリフアトパサにおいては、女性たちは肌の露出度の高いトップスや、ヨガ・パンツをはくことはなく、実際のところ…彼女らは、頭の先からつま先までをベールで覆っている。

   ここでは、私のトルコ人のフィクサーが、地元の薬店主に頼んで、彼女らに私と話をしてくれるように、頼まねばならなかった─なぜなら、私には、それは許されていなかったのかただ。しかしその答えは、ノーだった。

  その近辺では、タクシン広場で起きていることへの、穏やかな怒りが湧き起こっていた。 「我々は、ベールを被ることに対する抵抗運動のなかで、暴力を使ったことなどない」、と一人の男が言う。 「奴らは、酔っ払いだ(They are drunk)」と、もう一人が言う。

  トルコのなかでも、Alifuatpasaは、エルドアン首相が戦おうとするいかなる選挙においても、勝利できるような…そうした街の一つだった。 イスタンブールでは抵抗運動はエスカレートして、動乱は、その数日目に入っていた。

  それは、穏健派の宗教保守派であるAK党の牛耳る、この街のような街から発生して、そしてまた、エルドアン氏が支持を得ているような街においても、起きている。

  「私は72才だ」、とある男が言う、「…これまでに、私の人生が、もっと良かったことなどない。彼らは、何のために戦っているんだ?」その、短い答えとは─トルコの社会が、50対50に分裂している、ということなのだ…宗教的保守派の支持者と、その他の支持者との間に。

   ─「その他」というのは、世俗派や、宗教的・経済的マイノリティたち、左翼主義者や、リベラル主義者、軍事政権を懐かしむ人々…などといった人々である。そのなかに は、ライバル・チームのシャツを着て、ライバルのサポーターたちと肩を組んでダンスを踊っているような、サッカー・ファンたち…(お互いの間では、何ら憎しみを抱い ていない、ということに…突然、気づき始めたような者たち)も、含まれるのだ。

  エルドガン氏の強みとは、社会の 中のこの世俗的なパーツが、古い政治的(political)な事業(project)に固執しているということ…、そして彼らが、分裂しているということだ。 そして彼ら(すべて)を、一つに連帯させるものとは…公園(再開発されようとしている、タクシン広場の)などではない…それは、ただのシンボルに過ぎな い。

   それは感覚(フィーリング)なのだ…あるトルコのライターが、こう書いたように…その社会のなかには、「モダンなものへの高まりつつある敵対心…」が、存在する、そしてエルドアン氏は、そのなかで(ゲームを)プレーしている。  それゆえに、政治的イスラム勢力の力は強い。

   しかし、フェイスブックや、ヨーガや、バリケード(を築く、抵抗勢力)の力もまた強い ─そして、最後にはそれは、片方の側が催涙ガスをいかに繰り出せるか、そして、もう片方の側がいかにそれを受け入れられるか、によるものなのだ。
http://www.bbc.co.uk/news/world-europe-22814291



タクシム広場フォトグラフィック・ツアーTaksim Square Photographic Tour (BBC)

http://www.bbc.co.uk/news/world-europe-22795193
 

エルドアン首相、BBCはトルコを不安定化させるための陰謀の一部だ─と語る(6/26、プレスTV)

火曜日に首都アンカラでの議会演説で、エルドアン首相は外国勢力、国際的金融勢力とメディアが5月31日以来、同国を席巻している反政府抵抗運動に責任がある…それはトルコの台頭を阻もうとするものだ、と述べた。
彼は、外国メディア、特にBBCが挑発者たちを先導していると述べた。「当初から、ある人々が、国内的にも国外でも、抵抗運動を完全に罪のない正当なものだと…そして警察がシステマチックに力を行使している、と描写しようと試みていた」、とエルドアンは述べた。「トルコ国内の、特定のメディアが挑発者たちを先導している。そして外国メディアがそれらのオペレーションに参加している」

トルコの首相はまた、BBCSelin Giritをターゲットとして非難し、彼女が同国に対して陰謀を働いていると述べた。

そして同じ陰謀がブラジルに対しても行われていると述べた(トルコとブラジルは共に、IMFにすでに負債を弁済し終わっている、とも述べた)。

ブラジルでも過去2週間、何万人もの人々が何十ものデモを、来年のFIFAワールドカップで費やされる何十億もの金に反対して行っている。抵抗者たちは政府が健康医療や、教育、交通運輸を無視して金を浪費していると抗議した。



日曜日に、エルドアンは、反政府の抵抗運動の波がトルコとブラジルで、その国を不安定化させようとの外国の陰謀によって、生じていると非難した。

「同じゲームが、ブラジルでもいまやプレーされている」、とエルドアンは言った。「シンボルは同じで、ポスターも同じだ、ツイッターや、フェイスブックも同じだ、そこにいる海外メディアも同じだ。彼ら(抵抗勢力)は同じ中央(センター)に率いられている。」

「彼らは、トルコで達成できなかったことを、ブラジルで達成しようと最大の努力をしている。それは同じゲーム、同じ罠、同じ目的だ」とエルドアンは付け加えた…。



BBCのトルコ特派員(ハッシュタグ@selingirit)はスパイだ、とエルドアン首相が非難…(6/24 CNN)

ISTANBUL, Turkey (CNN) -- Twitter has been the scene of a bizarre Turkish hashtag war