ダニエル・パイプスは、ブッシュがイラク戦争の最中に政府要職にとり立てた中東専門家だ。嫌アラブ、親ユダヤ、ネオコンとしての悪名?を馳せつつ…メディアにもよく書いて論議の的だった─。今日でも彼はエルサレム・ポストにコラムを掲載しているが、その真実味はどうなのか?
革命か、クーデター(武力政変)か?By DANIEL PIPES (2/2, The Jerusalem Post)
─エジプトその他の中東地域における、軍による高圧的な支配はやや、弱められるものの、軍は最高位のパワー・ブローカーとして留まるだろう─
エジプトでとても心配された危機の瞬間が到来し大衆の反乱が中東諸国の政府を揺るがすなかで、イランの影響力がこれまでになくこの地域の中心へと躍り出ており…そのイスラム原理主義の支配者たちが優勢となった姿が地域の視界のなかにみえている。しかし、革命というものが、この地域でなし遂げられることは難しいだろう…そして私は、イスラム原理主義者たちには、中東全域でのブレーク・スルーは達成できないと予測する。テヘランはキー・パワーブローカーとして出現してはいない。
この結論が導かれる、幾つかの理由とはこうだ:
イラン革命の記憶がこだまする:1979年に権力を握ったアヤトラ・ホメイニは、イスラム原理主義の反乱を他の国々にも伝播させたいと考えていたものの、ほとんど何処においても失敗した。チュニジアの目立たない町で起こった物売りの焼身自殺により…ホメイニが熱望した、またイランの権力者たちが未だに模索しているこの大災害に光が当たるまでには、30年を要したようにみえる。
中東での冷戦:中東は長年にわたり、冷戦の影響力を蒙る2つの大きなブロックに分かたれていた。イランが主導するレジスタンスのブロック(Resistance Bloc)はトルコ、シリア、ガザ、そしてカタールを含んでいた。サウジが主導する現状維持のブロック(Status Quo Bloc)は、モロッコ、アルジェリア、エジプト、ヨルダン川西岸地域、イエメン、ペルシャ湾岸の首長国を含んでいた。レバノンは最近、Status QuoのブロックからResistanceのブロックに移りつつあるが、そのように不安定な状態はStatus Quoの場所だけで起きていることだ。
イスラエルの奇妙な状況:イスラエルの指導者たちは沈黙し続けているが、エジプトの今の状況とほとんど無関係に留まるその姿(*)は、イランの中心性(centrality)をより強く際立たせる。イスラエルがイランの獲得する物に怖れを抱く中で、最近の出来事というものはユダヤ人の国家が安定性をもつ孤島で、西欧にとっては唯一の信頼できる同盟国であることをより際立たせる。(*イスラエル政府はエジプトの抗議運動に何ら干渉できずに沈黙しがちの状態にある)
イデオロギーの欠如:停滞と専制、腐敗、圧政、拷問を終わらせるように要求していながらも─エジプトの政府施設の外に集まった群集は、中東地域すべてについての認識を総括するようなスローガンや陰謀説を叫ぶということを、ほとんど欠いている。
軍部 対 モスク:最近の出来事というものは、ある同じ2つのパワー<軍の武装勢力とイスラム原理主義勢力>というものが中東の20カ国前後の国々を支配していることを、確認させた。軍部とは生の(むき出しの)力を行使し、イスラム原理主義者とはヴィジョンを提供するものだ。その例外としては─トルコの活力に満ちた左翼勢力、レバノンとイラクの民族主義勢力、イスラエルの民主主義、イランの神権制支配なども存在してはいるものの─「軍部対モスク」のパターンは広汎に適用されるものだ。
イラク:中東地域において最も不安定な国、イラクではデモが起こっていないことが目立つ─なぜならその国民は何十年にもわたる専制独裁政治には(もうすでに)直面してはいないからだ。
軍部の反乱: イスラム原理主義者たちは、そのイランにおける成功を大衆的な動乱を利用して繰り返したい、と願っている。チュニジアの経験は、他のどこでも繰り返され得るようなパターンとは何かを詳細に検討するに足るものだ。チュニジアの軍のリーダーたちは明かに、権力者 Zine El Abidine Ben Aliが権力を維持するには我が儘になりすぎた─(特に、彼の妻の一族による権力維持のためのけばけばしい腐敗において)という結論を出し、彼を放逐し…彼らの意思の尺度としてBen Aliとその家族に対し国際的な逮捕状を発行した。
それは実行され、そして、明かにBen Aliに代わって同国のパワー・ブローカーの地位を引き継いだトップの軍人、Rachid Ammar参謀長のもとで…古い護衛隊組織がほぼ丸のまま権力の座に居残った。古い護衛隊は、より市民の権利・政治的権利を認めるようにシステムに少し修正を入れることによって、権力の座に留まり続けられるよう望んでいる。この先手策が成功すれば、1月半ばに起きた外観上の革命は、単なるクー・デター(武力政変)だった、ということになる。
このようなシナリオはどこでも繰り返され得る…特に1952年以来兵士たちが政府を支配し、彼らが1954年以来抑圧してきたムスリム同胞団に対する権力を維持したい、と考えているここエジプトでは。独裁者のホスニ・ムバラクがオマール・スレイマンを副大統領に指名したことは、ムバラク・ファミリーによる王朝の自惚れを終わらせ、軍部による直接支配を望んで彼が辞任する、という見込みをもたらす。
より大まかにいえば、私はチュニジアに出現した「変革よりもより一層の継続性」を志向するモデル、というものに賭けたい。高圧的な支配は、エジプトその他の地域においては何となく和らげられるが、しかし軍部は、最高位のパワー・ブローカーとして留まり続けるだろう。
アメリカの外交政策:アメリカ政府は、中東諸国が独裁政治から参加型の政治へと(イスラム原理主義勢力によってそのプロセスがハイジャックされることなしに)移行することを助ける、重要な役割を持っている。ジョージ・W・ブッシュは2003年に民主主義を呼びかけるという正しいアイディアを持っていたが、即時的な結果を得ようと急ぎ過ぎたため、その努力を無にしてしまった。バラク・オバマは当初、独裁者にいい顔をするという失策に転じたが、今や彼は、ムバラクに対抗するイスラム原理主義者たちの側に立つという近視眼的状態にある。彼はブッシュに倣って、しかもそれをより上手くやるべきであり、民主化とは何十年もかかるプロセスであって、選挙や言論の自由、法の支配などに関しては(そうした国の人々の)経験にそぐわない考え方を説く必要性もあることを、理解すべきだ。(筆者はMiddle East Forumのdirectorで、Hoover Institutionの傑出したTaube客員研究員。エジプトに3年間居住経験がある)
http://www.jpost.com/Opinion/Columnists/Article.aspx?id=206287
*その名が何となくPipe Dream(白昼夢、妄想)という言葉を連想させたPipes?は反イスラム、反イスラミスト(原理主義者)で、元々エジプトのアラビア語の専門家。保守派シンクタンクMiddle East Forumの設立者兼ディレクターで、中東研究のためのスカラシップの貧弱さを批判する親ユダヤ組織Campus Watchの設立者だとも。
2003年にブッシュ大統領が露骨なネオコンのPipesを米国国立平和研究所(U.S. Institute of Peace)の幹部に指名すると民主党リーダーたちやアラブ系アメリカ人団体、人権運動家たちが猛反対したが、ブッシュは批判をかわすため、彼を議会休会中の任免特権─recess appointment─を駆使して任命した(ブッシュがボルトンを国連大使に任じたときと同様だ)…「力が紛争の解決に最も効果的」と主張する典型的強硬派で、近年は「オバマ大統領は元イスラム教徒だ」などと主唱している一人だとか…。*写真:Daniel Pipes