「オマール・スレイマンの暫定政権とは、CIAが望むもの以外の物ではない…」
「拷問のシーク」(Sheik al-Torture)はいまや民主主義者だ
By ペペ・エスコバル (2/9、Asia Times)
エジプトの革命は視覚的な幻影(目の錯覚)だったかのように、世界の目の前で解体しつつある。
2週間にわたって道路を占拠していた反体制の群集たちは、いまだにムバラク大統領の退去を求めている。今や、米国大統領のバラク・オバマは、「余り、コトを急ぐな…」モードに執着しているが、うれしいかな、「エジプトは進歩している」。オバマは一度たりとも、「自由選挙制」という素晴らしい言葉を口にしていない。
ワシントンの「秩序ある権力移譲」のロードマップは、イスラエルの政権とヨーロッパ諸国からの完璧な支持を得ており、それは政権の化粧直しにはなるだろう。
ムバラクがステップダウンすることは、あと知恵のように行われるだろう: すでに任命された後継者、「Sheik al-Torture 拷問のシーク」 (*オマール・スレイマンをさす。ムバラク政権の諜報局や秘密警察ムハバラートの長官として反体制派の逮捕・拷問を行ってきた) は、まるでもう大統領であるかのように振舞っている─本当の現大統領が未だに、宮殿内に幽霊のように棲んでいるというのに …この残忍な軍事独裁主義のAからZにいたるまでが…その行政府から立法機関までが違法だと、反体制の群集に糾弾されている、その間にも。キーポイントとは、これは臨時(代理)大統領のスレイマンの政権だ、ということなのだ。もしもフランスの哲学者、ジャン・ボードリャールが生きていたら彼は、この革命はどこでも起きなかった─世界のテレビ・スクリーンの上以外では、と言っただろう。
分裂して、細分化したいくつかの反体制勢力のなかには、憲法の認める立法府の長官を暫定的な大統領として指名し、彼が選挙民集会の行う選挙を統率するように、と求めている人たちがいる。また、その他の人々…若者の運動勢力を含めて…は、ワシントンの支持した「秩序ある権力移譲」を監督する、国民的な委員会を任命することを求めている。
ロンドン大学の東洋アフリカ研究学院の国際関係論教授、Gilbert Achcarは直裁に…このように指摘する、「こうした全面的変革を実施するには、大衆的な運動勢力は体制のバックボーン(背骨)を破壊するか、ぐらつかせねばならない、それとはつまり、エジプト軍だ」
新たなボスに会え
エジプトは筋金入りの、軍事独裁主義国なのだ。その軍隊は、実質的に米国の納税者による金によってまかなわれており、「誠実なブローカー」などではない。ムバラク政権の反対勢力への抑圧において、軍はそれ以上の凶悪さはみせなかった、なぜならこの、徴兵制による軍隊は自国民に銃を向けることを確かに拒んだからだ:かくしてプランBが講じられた…先週、この政権のならず者たちと、嫌われ者のbaltagia(国家が雇った私服の暴力団*秘密警察のこと)たちが放たれた。
未だに、政権はその核心までは揺るがされてはいない─なぜなら、軍がその任務についているから。それを示すグラフィックな例はこれだ:国営新聞のal-Gomhuriaが、この月曜日にスレイマンがムバラクの写真の下で、反対勢力の人々と会っている写真の上に、モンスターのような「New Era(新時代)」という見出しを掲げていた。
反体制勢力は、過去25年にわたって強化されていたこの国の非常事態を終わらせよ、と主張する。政権側はそれは「セキュリティ上の条件次第だ」と答える。彼らはこれを、過去何ヶ月間も、嫌になるほど繰り返してきた。政権側は、議会の解散を受けいれない。彼らは真の自由で公平な選挙というものが、現今のカンガルー政権である、親ムバラクの議会に取って代わることを拒否している。
「分裂させて支配せよ」(devide and conquer)は、この政権の手口なのだ─そしてそれは、実際に稼動することのできる、不可思議なのだ。その戦術とは、予測可能なものだ:譲歩は最小限にとどめて、抗議勢力を「外国勢力」のツールとして非難し、そして、彼らをエジプトの「安定性」への脅威として糾弾する。
決定的なのは:「外国勢力」という非難が、先週木曜日に国営テレビとの長いインタビューのなかでライオン(スレイマン)の口から発されたことだ─ それは、カイロ全域で外国のジャーナリスト狩りが行われて、殴られ、逮捕され、あるいは侮辱されたのとは丁度、同じ日だった。スレイマンは露骨にこう言った、「いくつかの友好的な国々で、テレビ・チャンネルを有している国々は、友好的でも何でもない国々だ。彼らは若者たちを国民や国に反対するよう焚きつけた」。…このような事をいう人間が、民主主義者として信頼に足るのだろうか?
このことをすでに正しく見通している者たちもいる。左派のナセル主義者たち(彼らは2000年の選挙で3議席を獲得した)は、革命がすべてのエジプト人を代弁していると主張するが、ムバラクが退くまでは、スレイマンとは話をしないといっている。だがスレイマンは露骨にこう言った、ムバラク─幽霊…幻影、またはその両方…は、居座り続けるのだ、と。
アル・アフラム紙のオンライン版のコラムニスト、Nabil Shawkatはムバラクについて、「彼の支配のスピリット、彼の政権の真髄、彼の時代の方法(メソッド)はまだまだ、終わるにはほど遠い」と書いた。彼はまた、「その最初のテレビ・インタビューで、彼(スレイマン)は国を治めているような印象を与えたが、しかし彼は…もしも彼がそう望むなら─ムバラクに彼の部屋にきて、そこに居て欲しい─とも言えるのだ」
たとえ彼が、彼の部屋のクローゼットのなかのモンスターの幽霊と一緒に居ることになったとしても、彼の政権のターゲットは明確だ。インディペンデントの映画監督Samir Eshraと、ブロガーのAbdel-Karim Nabil Suleimanのような運動家たちは、未だに逮捕拘束されたままでいる。Human Rights WatchのDaniel Williamsは36時間以上、軍に拘束されている。よく油を差して、手入れの行き届いたな抑圧マシーンが、政治的なアフィリエートを何も持たない街頭の圧倒的多数派勢力を脅すのは、簡単なのだ。
ここには、独立的な労働者ユニオンは何も存在しない。「April 6(4月6日)」の若者の運動や、「Kefaya (Enough!)」はキャンペーン活動家のグループではあるが、政党ではない。パリ大学とカイロ大学の教授でエジプトの伝説的なエコノミスト、Samir Aminは、労働者階級と農民たちが、現状の強いアクターたち(都会の、教育を受けた失業中の若者層、及びミドルクラス)と同じ様に政治運動を開始すれば事態は変わるだろう、と主張する。彼らがやらねばならぬことは、互いに協調しあって現政権の矛盾に穴を貫くことなのだ、という。
…古いボスと同じ
ワシントンはエジプトを新たなパキスタンとして、共に生きなければならないかも知れない:不安定な買弁資本家エリートと、政治化したイスラム勢力(ムスリム同胞団の)と、軍の諜報部門、そしてもう一人の軍事独裁者を、せっかちに向こう見ずにミックスしたような国家なのだ。それは本当の「民主主義国家」などではない。
しかし、すべての社会的階層(学生から弁護士にいたるまで…エジプトの人権グループは言うに及ばず…)からなる反体制の群集は、喜んで化粧直しをしたシーク・ザ・拷問を、討論に誘導された民主主義者として受けいれて─ 彼が…ワシントンがどんなにナショナリストや、大衆的な運動を本当は軽蔑しているのか…をルクソールの寺々で語るのを受けいれる。
ファラオが先週、彼を副大統領として聖別する前まで、1936年7月2日南エジプトQena生まれのオマール・スレイマン、またの名を「シーク・ザ・トーチャー(拷問)」(エジプトでは誰もが彼が米国のCIAによるテロリスト容疑者の秘密収容所移送や、アル・カイダ容疑者の拷問を監督していたと知っているのだ)は、大臣職のない閣僚であり、Egyptian General Intelligence Directorate(エジプトの国家諜報局)の長官を1993年から2011年まで務めていた。
1980年代には彼は、ノースカロライナのJohn F Kennedy Special Warfare School とCenter at Fort Bragで訓練を受けた。Foreign Policy誌は彼を、2009年に当時のイスラエルのモサド長官Meir Daganさえ制して、中東の最も有力な諜報長官だとしてランキングした。
エジプトの民衆が彼を毛嫌いすることなどは、問題ではない:軍のトップ・エシュロンにとって、彼は新たなrais(車輪のスポーク)なのだ─。アル・ジャジーラは彼を、エジプトのイスラエルとの機密的関係における「ポイント・マン」だと描写する。イスラエルの首相ベンジャミン・ネタニヤフBenjamin Netanyahuは、彼を愛しているのだ。元・用心棒にしてイスラエルの首相代理アビグドル・リーバーマンAvigdor Liebermanは、スレイマンへの賞賛を彼の称号にしてこう綴った、:"his respect and appreciation for Egypt's leading role in the region and his personal respect for Egyptian President Hosni Mubarak and Minister Suleiman".(この地域におけるエジプトの指導的役割への敬意と尊重、そして彼のエジプト大統領ホスニ・ムバラクと、大臣のスレイマンに対する個人的な尊敬)
ウィキリークスの公表した2006年の外交公電によれば、CIAも(いったい、それ以外の誰が?)また、彼を愛していると表明する─そこには、 「我々のOman Soliman(*原文のママ)との協働関係とは、おそらく(エジプトとの)最も成功裡の関係であろう」と書かれている。
スレイマンは常にCIAトップの幹部たちと、直接に交渉してきた。
このスペクトラムの他の領域においては、ヒューマン・ライツ・ウォッチHuman Rights Watchはこのように強調する、「エジプト人たちは…スレイマンをムバラクの2世とみる。特に彼が2月3日に国営テレビで長々しいインタビューを行い、そのなかでタヒール広場の抗議の群集を外国勢力のアジェンダの道具だと非難して以来。彼は抗議勢力への報復をおこなう、という脅迫さえも隠さなかった。」、Human Rights Watchは抗議運動が開始されて以来、少なくとも75人のエジプト人運動家とデモへの参加者、そして30人の外国人ジャーナリストが逮捕され、少なくとも297人の人間が殺された、と記している。
街頭にいる人々は、幻想のもとにはない。彼らは─エジプトの政治的均衡における、最強のプレーヤーである軍部が、もしその存在を脅かされると感じたなら、大がかりな武力制圧に乗り出すかも知れない、とも知っている。その衝突を触発するものとは、「外国勢力」の想像上の脅威から、1956年以来初の市民への権力移譲などに対する備えを、彼らは決して持たない、との思いに至るまでの…どんなものでもあり得る。
例えば、国防大臣で陸軍元帥のMarshal Mohammed Hussein Tantawiは、無感覚(鈍感)なことに「経済的で政治的な改革とは、中央政府の力を弱めるという見解を抱いている」と述べたのだと、ウィキリークスの公表した外交公電にはある。しかし、軍が力を掌握している状態とは、Sheik al-Tortureにとってショーを上演するには快適に過ぎる状態にちがいない。そしてワシントンの民主党員たちにとっても…。
http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/MB09Ak01.html
From left, Hosni Mubarak, Omar Suleiman and Sami Enan at Egypt's military HQ
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